« 前のページへ | トップページ | 次のページへ »

GW チヌ真剣勝負! 妻に軍配 長崎県佐世保市・鹿町漁港

2013年5月 7日 カテゴリー:チヌ・メイタ / 釣りニュース

 古文書によると江戸時代中期、庄内藩(山形県)では武士道の退廃を憂い、家臣に釣りを奨励したとある。魚は敵、さおは刀に見立てての真剣勝負だ。平成25年ゴールデンウイーク。釣り師を自任する亭主は釣敵(ちょうてき)?の女房と長崎県佐世保市北西部の鹿町漁港でチヌを狙う。安・近・短の局地戦である。

 庄内藩士は鶴岡城下から海岸まで長ざお(有名な庄内ざお)、釣り具、弁当を担ぎ、夜間20キロの山越えを強いられた。釣りは戦略的行為である。魚を仕留めるためのデータ分析は不可欠だ。釣果は敵の大将首として、魚拓によって殿様に献上した。こうした「武士のたしなみ」がどこまで影響したかは不明だが、戊辰(ぼしん)戦争では官軍を相手に徹底抗戦。しかし西郷隆盛は、賊軍・庄内藩の武勲を認め、戦後は冷遇しなかったという。庄内地方では、今でも釣りを「勝負」というらしい。
 
 さて、平成の真剣勝負。こちらの「敵」は魚だけではない。まき餌はオキアミ2角+集魚材2袋だが、こればかりは呉越同舟だ。
 
 午後1時スタート。まずはまき餌を多めに打つ。しかし反応なし。いくら粘っても浮きはピクリともしない。
 
 6時。ついにまき餌が切れた。女房は「これが最後」と仕掛けを遠投、私は「チャンポンでも食べて帰るか」とさおを畳む。ところが「今夜は刺し身よ」という返事。振り返ると、敵のさおが「つ」の字を描いている。私は慌てて、しまったタモを組み立てた。
 
 教訓「勝負は下駄(げた)を履くまで分からない!」
 
 「万策もちぬの都合や夕の陣」 瑠衣
 
=2013/05/07付 西日本新聞夕刊=


西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]