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諸橋ビッグ初V 共同通信社杯 【武雄】

武雄競輪で行われた共同通信社杯を制し、優勝カップを掲げる諸橋愛
武雄競輪で行われた共同通信社杯を制し、優勝カップを掲げる諸橋愛
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優勝し胴上げされる諸橋愛
優勝し胴上げされる諸橋愛
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 武雄競輪(佐賀県武雄市)のG2「第33回共同通信社杯」(優勝賞金2130万円)は19日、最終日が行われた。ハイライトの11R決勝は、諸橋愛(新潟、40歳、79期)が1角7番手捲りの平原康多をゴール前で差し切り。ビッグ初Vを達成した。2着は平原、3着には新田祐大が入った。4日間の車券売上額は67億2032万円(目標80億円)。台風の影響により17日が中止で、決勝戦が平日となったことが響いた。

 ■ヒーロー 自分と向き合い壁を打破

 デビュー21年目、ようやく愛が届いた。終3角、別線の間を猛スピードですり抜ける平原を、ピタリと追走。4角では平原を抜けないと感じたが、最後まで必死で踏み続けて、ゴールラインの直前で逆転。「あ、抜けている、という感じ。他に周りに誰もいないし、自分が勝ったんだなと…」。気がつくと、武雄の奇峰・御船山に向かって、右手を高々と突き上げていた。

 長い道のりだった。「若いころは無我夢中だったが、年齢とともに体力の低下を感じた」。避けては通れない壁を打破するために、自分と向き合った。「足りないものを一つ一つ整理した。先輩や後輩に聞いて、ありとあらゆる練習をやった」。その効果はすぐには表れなかったが、最近ようやく実感。先月の地元記念初Vに続く、大きな成果を出した。「自分は天才肌じゃない。多くの人に支えられなければここにはいない。努力して、諦めなければ、狙えるところまでこられるということかな…」と静かに話した。

 だが名マーカーは勲章を手に入れても、ここで満足はしない。これで賞金ランク7位と、GP圏に浮上。「残りのレースを集中して走って、GPに出たい」。年末の平塚で、再び平原とのコンビ結成へ-。大一番の切符取りへ、勝負の秋が続く。 (野口)

 【決勝戦VTR】

 平原-諸橋、松谷、渡辺-新田-守沢、村上義-村上博-稲川翔で周回。渡辺は村上義に並ばれると7番手に下げ、平原を抑えて先行態勢の村上義に襲い掛かる。両者の踏み合いはHSで出切った渡辺に軍配も、終1角7番手から平原-諸橋-松谷で一気の反撃捲り。新田が平原をけん制するため車を振ると、平原-諸橋はBSで守沢の前に切り込んで、新田の内から抜け出す。ゴール前のマッチレースは1/2車身差で諸橋が制し、ビッグ初Vを達成。

 【戦い終わって】

 平原康(2着)行けるところまでカマシ気味に全開で捲ったが、ダメだった。でも優勝を狙っていたし、外を行くよりはと思って内に入っていった。

 新田祐(3着)ラインで決めたかったし、すんなりと番手から出て行こうとは思っていなかった。

 松谷秀(4着)守沢君に持ってこられなければ…。もったいなかった。

 稲川翔(5着)最後まで前を信頼して走った。また勝負できるように頑張る。

 村上義(6着)後ろに(村上博、稲川が)ついていたし、凡走だけはしないようにと思っていた。

 渡辺一(落再7着)村上義さんが強かった。ダッシュですぐに出られると思ったのに。(後ろから)新田君が来たと思ったら、平原君だったので驚いた。

 村上博(落再8着)落車が起こりそうで怖かった。何とか抜け出せば4着くらいあると思ったけど。

 守沢太(失格)特に何もできなかった。(失格に)申し訳ありません。

 ◆諸橋 愛(もろはし・めぐむ)

 1977年7月21日生まれ、新潟県吉田町(=現燕市)出身、40歳、79期。1997年4月デビュー。通算成績は1680走で322勝、優勝37回=うちG2(1)回、G3(4)回=。通算取得賞金は5億7781万8200円。身長172センチ、体重75キロ、O型、師匠は小川隆(45期=引退)。

 2017/09/20付 西日本スポーツ

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