明豊 甲子園4強ならず 再登板今宮 魂の一球 

●弟分を「負け投手にさせない」 「悔いなし後輩に感謝」

koushien090822_01.jpg 「あいつを負け投手にしたくなかった」-。21日、夏の甲子園大会準々決勝。明豊(大分)の投打の柱、今宮健太投手(3年)は花巻東(岩手)戦の九回、ピンチの場面で山野恭介選手(2年)からマウンドを譲り受けた。山野選手とは幼いころから一緒にプレーしてきた仲。うなる154キロの速球。2者連続三振で後続を断った。「同じチームで戦う最後の試合」は延長戦の末、惜敗に終わったが「ここまで戦えたのは後輩たちのおかげ。感謝しています」。夢の続きは後輩に託した。

 今宮投手は、ピッチャーとしてだけでなく、高校通算62本の本塁打を記録するなど非凡な野球センスで、甲子園春夏連続出場の明豊を引っ張ってきた。1歳下の山野選手は少年野球チーム、明豊中学野球部と今宮投手を追い掛けてきた。「お兄ちゃんのよう」と慕う。

 「自分が卒業すれば、あいつが必ずチームを引っ張る存在になる」。明豊入学後の野球部寮で同室となり、今宮投手は山野選手に変化球を教えることもあった。

 花巻東戦。チームは序盤の劣勢をはね返し中盤に逆転。2点差をつけて勝利にあと一歩と迫った九回表だった。山野選手が突然崩れ、連打で同点とされた。三塁の守備位置から今宮投手が駆け寄ると、山野選手は泣きそうな顔を見せた。

 「ごめん」「謝ることじゃないよ」。短く言葉を交わし、山野選手の頭をグラブでポンとたたいて、先発の今宮投手が再びマウンドに。

 150キロ超の渾身(こんしん)の速球を立て続けに投じ、相手の勝ち越しを防ぐ。154キロは自己最速。母一子(いちこ)さん(54)は「普段の力ではない。みんなとのきずなが後押しした」と感じた。

 十回表に勝ち越し打を浴び再逆転を許した。「直球が打たれた。悔いはない」。試合後、泣きじゃくる山野選手の肩を抱いてグラウンドに整列した。「2年生の成長があったから(一時)逆転できた。最高の試合でした」。涙はなかった。

【写真】試合後、涙を流す山野恭介選手(右)を抱きかかえる今宮健太投手=21日

=2009/08/22付 西日本新聞朝刊=

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