【西スポ・甲子園ベンチ裏】秀岳館の急造センター竹輪、一心同体のバックホーム アルプスの正中堅手とともに

2回1死二塁、広陵・吉岡の中前打を好返球する秀岳館・竹輪=甲子園
2回1死二塁、広陵・吉岡の中前打を好返球する秀岳館・竹輪=甲子園
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 秀岳館(熊本)のセンター竹輪涼介(3年)は、ゴロを捕って流れるようにバックホーム体勢に入った。

 広陵(広島)との2回戦。2回1死二塁、中前打で二塁走者が三塁を回る。ここで竹輪がワンバウンドのストライク返球を見せた。プレートからやや三塁線寄り、絶好のラインに入り、捕手は捕ってそのままタッチにいくだけ。0-0の均衡を保ち、中盤までもつれた展開につながった。

 春の選抜大会に、重なるシーンがあった。健大高崎(群馬)との準々決勝。3回2死一、二塁から、中前打で本塁を狙った二塁走者の生還を阻んだ。この時のセンターは藤本舜(同)。今夏の甲子園ではアルプス席にいた。今年6月、左膝を骨折し、最後の夏はグラウンドに立てなかった。

 練習試合の前のシートノックで本塁返球した際に、藤本は「パキッ」と音がするのを聞いた。経験はなかったが、自分で骨折だと分かった。熊本県八代市内の病院で、ボルトで患部を固定する手術を受けた。退院したのは7月末。熊本大会は大詰めを迎え、チームは体調不良で入院した鍛治舎巧監督(66)を欠いて、準決勝以降を戦っていた。

 竹輪は藤本のグラブを使っていた。最後の夏に臨む仲間へと託されたものだった。「ケガで出られない藤本の気持ちも背負って。センターに入る人が使おう、と話してたんです」。春の選抜大会までセカンド一本。外野守備は小学校以来で「慣れません」と笑う。

 藤本のグラブに違和感はなかった。「内野用なら分かりますけど。外野用は詳しくないんで」。1回戦で横浜(神奈川)に勝った後。普段は寮で同部屋でもある藤本と電話で話すと、いつもの調子で言ってきた。「もっと打てよ」。守りは無難だったが、3打数1安打だった。負けじと「まだ打てるし」と返した。

 背番号のないユニホームで応援する藤本の帽子のつばには「日本一」「泰然自若」、それと「5」が書いてある。これは背番号5、サードの広部就平主将と交換していたものだった。

 思いを一つに戦った。守りのミスもあって追う展開になり、最後は大きく引き放された。鍛治舎監督が引き際と定めて臨んだ夏。春、夏、春と、直近3季とも4強入りした手応えを胸に深紅の大旗を狙ったが、挑戦は道半ばで終わった。

 竹輪は涙を拭って話した。「最後の夏…自分らも監督も。2回戦で負けてしまったけど、今後の野球人生につながります。バッティング、守備。練習から考えさせられることが多かった。チーム内の競争も激しかった」。藤本も含め、多くは大学で野球を続ける考えだ。甲子園に確かな足跡を残し、それぞれの歩みは次のステージへ続いていく。

=2017/08/18 西日本スポーツ=

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