採用案内>>これが記者だ
〜はじめに〜
やりがいのある仕事のようだが「3K職場の典型」ともささやかれる。時代の最先端の仕事のようで、徒弟的制度が根強く残るとの声もある。年齢の割には高額の給料をもらうものの、それを使う時間が無いとも聞く。休みがほとんど取れないというのは本当か。彼女や彼氏ができない、別れたという悲惨な情報も伝わってくる。不安だ。でも、人事部に「これって、本当ですか」と尋ねたら、直ちに落とされそうだしなあ。「知りたい」「でも聞けない」—そんな君の悩みに、記者歴20年余のベテラン・コンビがズバリ答えましょう。
夜討ち朝駆け
学生の間じゃ、新聞記者は3K職場なんだってね。「きつい、汚い、危険」だっけ。まあ「汚い」かどうかは本人の心掛けによるのだろうが、あとの2つは当たっているかもなあ。やりがいがある分、ハードな職場。決して甘くはないから、そのへんは覚悟しておいてほしいもんだ。自然災害や事件現場、暴力団取材なんかは、確かに危険ではあるし。
しかしそれが楽しいんだよ。例えば夜討ち。これは、警察担当で言えば、自分の情報源である警察幹部の自宅を夜間に訪問して情報を取ることだが、昼間はとりつくシマのない刑事が、別人のような一面を見せることもある。それは驚きだよね。
「お前は東京の大学に行っている俺の息子の代わりだ。毎晩飯を食いに来い」と言われた時は、妙な気持ちだったけど、結局警察官も人の親ってことだな。そういえば、奥さんの誕生日を調べて、プレゼントを持って行ったら、泣かれちゃって。びっくりした。
警察官、とくに刑事さんは苦労人が多い。新人記者でも、警察幹部の机のそばで偉そうに振舞っている者と、どんな小さな事件でも現場に駆け付ける者と、刑事さんはしっかり見ている。一生懸命やっていれば、記者が困った時に思わぬ手助けをしてくれるし、逆もまた然りだ。
理屈だけで言えば、夜討ち朝駆けは人脈を築いてネタを取るためにやってるんだし、でかいネタが取れるかどうかは、夜討ちのデキにかかっている。これは100年前も今も変わらない真理。だけど、それだけじゃない。記者と取材対象者との本音の触れ合いの場でもある。だから面白い。
その特ダネなんだが、最近の若手には、特ダネ至上主義に異論があるみたいだな。他紙より一歩先に報道することにパワーを割くのは無意味というんだ。それよりじっくり取り組んだキャンペーン記事を書きたがる。
おれも若い頃そんなこと言って、先輩にこき下ろされた。だが、特ダネが記者と新聞を活性化させ、新聞の信頼性を高めてきたのは事実。権力を持つ者は、都合が悪い情報を隠そうとする。それが国民にとって必要な情報なら、暴き出すのがジャーナリスト。そこに理屈はない。
特ダネを取れない記者に、質の高いキャンペーン記事は絶対書けないしね。なんたって、自分の特ダネが一面トップを飾った朝に、ライバル各社が目の色変えて追っかけ取材しているのは快感。だからブンヤは辞められない。その逆もある。ある朝デスクの大音声が響く電話でたたき起こされ、各紙を見ると、自分の知らない記事がデカデカと。真っ青になるもんなあ。
ううっ、思い出したくない抜かれ。初めてこっぴどくやられたのはM紙だった。江戸時代の高名な画家の国宝級未確認作品が大量に発見されたという1面トップ記事。ところが実は、俺も先輩も、そのネタ元には食い込んでいた。で、「ネタないすか」「ぶちでかい(とても大きな)んなら、あるけえ」と言われ、冗談と思って「いや、ぶちでかは、いいっすよ」と帰ったんだ。今思い出しても悔しい。
まあ「抜かれは記者の肥やし」と言うし、やられたら抜き返せばいい。要は、そこでへこたれないこと。弱気になっちゃだめだ。全戦全勝というのはありえない。鬼のデスクだって、その辺は分かっているさ。
しかられて成長
デスクに対するイメージは、どうも学生の間では芳しくないようだ。理不尽で血も涙もない冷血人間だと思ってんじゃないか。
だって、そうだろう。おれ、正直言って「こいつ、いつかぶん殴ってやる」と思ってたもんね。毎日毎日、ののしられ、無能よわばりされて「俺に何の恨みがあるんだ」と叫んでいたよ。心の中で。
で、自分がデスクになって初めて分かるんだよ。こいつを一人前にするんだっていう気持ちが。だから、怒鳴られるってことは、みどころがあるってことなんだ。デスクが「こりゃだめだ」って思ったら、叱らないもの。見捨てるから。
そういう意味では、先輩たちの厳しさも同じだな。どの新人も青雲の志を抱いて入社して、「おれほど文が立って、切れるやつはいない」なんて自信の塊だったのが、先輩のしごきに耐え切れず、いつしかしぼんでいく。でも、それは鍛えがいがあるからで、どうしようもないヤツだと分かれば捨てられる。だから、喜んでしごかれなさい。
休日は——
話は変わるが、学生からのインターネットでの質問で多いのが、休日休暇の関係。よほど休みが取れない職業と思われているみたいだな。
はっきり言って、たっぷり休みが欲しければ、記者になるのはあきらめなさい。公務員や普通の会社員のように土日、祝日は休み、GW、夏休み、年末年始休みは世間並み、なんていうのは無理。事件事故に休みはない。新聞が出ない休刊日はあっても、1年365日、一切の取材がなされない日は1日だってない。だから休日でもローテーションで出勤日が回ってくる。
おれは新人の1年間、会社(総局)に住んでいた。確か正月の2日に休んだだけで、あとは全部出勤していた。今思えばとんでもないことだが、当時はそんなものだった。
今は、そんな上司は勤務管理ができないということで、人事サイドから烙印を押される。総局で勤務する場合で説明すれば、1ヵ月の土日が8日あれば、6日は休み。2日は出番で、その代休を平日に消化する−という感じかな。ただ、大事件が起きたり、独自の企画連載を抱えている場合は、そうもいかなくなる。
毎日帰りが遅いんじゃないかという質問もあるね。お答えしましょう。そのとおりです。明るい時間に帰ることはありません。集中的に夜討ちしたり、事件や事故があれば1時、2時になる。ただ出社退社のタイムレコーダーなんかは一切ない。あくまで自分自身で仕事を完結するという点で自由性はある。
新人時代、先輩たちが帰った後の総局で、徹夜で連載の原稿を書く。エアコンはとまり、上半身裸。でも筆は進まない。いつのまにか眠ってしまい、朝刊が届く音で目が覚める。もう外はほの明るい。原稿用紙に目をやると、全然書けてない。「ああ、今日もデスクの咆哮か」。睡眠時間2、3時間なんてざらだった。よく体がもったなあ。
総局ライフ
ちょっと「総局」の説明がいるかな。総局というのは、西日本新聞社の出先機関。新人は通常半年から1年の教育期間を経て前線に配属されるが、行き先は、北九州支社か、各県の県庁所在地と久留米、飯塚にある総局がほとんど。あと、佐世保などの複数支局になる。
総局のトップは総局長。50代のベテランで、総局員や管内支局員を統括する。人事管理と対外業務が中心だが、週末はデスクに代わってデスクワークすることもある。その下が総局次長、いわゆるデスクだ。だいたい40代前半。この人と1年365日角突き合わせることになる。その下にサブデスクがいて、デスクを補佐しつつ、取材グループを仕切る。主に企画連載や、選挙を担当する。以下、県政担当、教育担当、市政担当、遊軍などがいる。遊軍というのは、いわば機動部隊。臨機応変になんでもこなす。新人は通常、県警本部、いくつかの警察署、地方検察庁、地方裁判所を担当する。地域の話題、市民スポーツの取材、記録作成なども当然ながら大切な仕事だ。
まあ、記者生活は忙しい。とはいえ人間なんだから、飯も食うし酒も飲む。むしろ、いろんなところで、いろんな連中と飯を食い、酒を飲む中で自分だけのアンテナというか、ネットワークができていく。
それが大切。すべてと言ってもいいんじゃないか。結婚したらしばらくはしょうがないが、独身の間は間違っても一人で飲んだり、コンビニ弁当を食ったりしちゃいかん。
最近の若者はプライベートタイムを大切にするから、そうもいかんだろう。ただ、記者仲間でつるむ暇があったら、できるだけ異業種の人と交流すべきだとは思う。
怖い体験
ところで、こんな仕事をしているとつらい体験もする。殺人事件の被害者宅で、被害者の写真を借りたいと申し出ると、遺族に「あんたには、人の心がないのか」「この鬼、帰れ!」とののしられる。気持ちは分かるが、こちらも切なくなる。
まあ、その逆もあるから、記者は辞められない。不祥事や暴力団糾弾の追及キャンペーン記事などは苦労が多いが「頑張ってください」「頼りにしてます」という電話があると勇気百倍。
地方版の小さな記事でも「あの記事は良かったですね」なんて言われると、自分の書いたものでなくても口笛吹きたくなるよね。結局、記者のやる気を支えているのは、デスクでも総局長でもない。読者なんだ。
ところで、この商売、危険も伴う。振り返って、怖かったなあという経験はあるかい。
暴力団員が主婦を人質に民家の二階に立てこもる事件があった。現場に着いたのは早かった。で、迫力ある写真を撮ろうとカメラを構えて近づいていたら、キーンという音がした。と思った瞬間「馬鹿たれ!伏せんか」と警官に蹴り倒された。犯人が拳銃を発射して、銃弾が耳元をかすめたんだ。情けないことに、ちびりそうになった。
怖いというのとはちょっと違うが、衝撃を受けたシーンがある。ある役所の敷地内で、女子大生が焼身自殺した。たまたま近くにいたんだ。火の手があがったので、すぐ駆けつけた。彼女、全身燃えながらうつ伏せに倒れたんだ。その焼ける臭いも忘れられないが、遺体が仰向けにされた瞬間、吐いてしまった。うつぶせになったもんだから、顔の中央部分だけは焼けてなくて、妙に白いんだ。顔の左右は無残にも黒こげ。とても正視できなかった。
それはしょうがない。小学生の女の子が誘拐され、遺体で見つかった。おじいちゃんが泣きながら「この可哀相な姿を新聞に載せてくれ」と棺桶のふたを外して、亡骸を抱き起こしたんだ。なんとそれを撮影しようとしたテレビカメラマンがいて、よその記者にぶん殴られた。事件取材が日常化すると、人間としての感覚がまひする。きれいごとでは通らない部分と、どこで踏みとどまるかという判断。難しいな。
休みに次いで多かったのが、給料に関する質問だったな。俺達が入社したころは、給料がいくらとか考えたことなかったが。時代ってことかなあ。
そりゃ、おたくが変だよ。生活していくんだから、年収は大切だよ。
募集要項に給与を記載しているけれど、実際は超過勤務手当なんかでそれより多く支給される。社会部とか、出先の総局、複数支局の警察担当なんかは。ただ悲しいことに、社会部のサツ回りはいくらたくさんもらっても、それを使う時間があんまりない。
まあ、貯金ができるからいいんじゃないか。最近の若手は、貯蓄が趣味らしいから。飲みに誘ったら「生活設計が狂いますから、お断りします」とピシャリといわれた。その時は頭に血が上ったが、考えてみれば俺達の方が生活破綻者なんだなあ。
取材とは
ところで、警察担当、つまりサツ回りなんだが、仕事でなけりゃ、あまり行きたくない場所なのに、そこでどんな仕事をするのか、意味があるのかという質問も多い。
日本の新聞社が生まれて120年。「記者の出発点はサツ回り」が不変の真理だった。今でも人生の喜怒哀楽、理屈が通らない不条理、さまざまなドラマを前に仕事をするという点では、警察が「記者の卵」の最初のフィールドに最適であるというのは変わらないんじゃないか。
う〜ん。それ一辺倒じゃ、もう古いかもな。例えば運動部こそ、生き生きとしたヒューマンドラマを描く筆力が求められる場だという声もある。ただ、現実には警察担当記者として、良質な記事を書けるように成長すれば、どこに行ってもある程度通用するというのはあるね。
運動記事に関しては、最近見方が変わってきたね。より人間くささを描くようになってきた。甲子園の高校野球大会の記事も、記録性だけでなく、ドラマを求められている。甲子園を担当すると、記者としてひと皮むけるというしね。
地方予選から本大会まで、担当記者としてチームを追いつづけるうちに、選手達に同化してしまう。それはどうかという声もあるが。自分の思いがストレートに記事に投影される大きな体験をするね。負けちゃったら、もうボロボロ泣いたりしてね。記者としては失格だとデスクは怒鳴るが、そういう気持ちは本当は分かっている。
人間ドラマの大きな現場と言えば中央政治だね。東京支社には約50人のスタッフがいるが、政治担当記者たちの顔は疲れきっている。それでもやりがいに満ちている。私が担当した時期は、細川政権発足から、日本政治が激動した時期。いつ寝たかも覚えていないほど走り回った。村山首相が辞意を表明した時、私はスキー場にいた。ゲレンデの音楽放送が中断され、「西日本新聞の○○さん、至急会社に連絡を」とアナウンスされた時「あ、辞めたな」とピンときた。あらかじめ持参していたスーツに着替えて駆けつけたが、途中で楽しみを奪われた女房や娘たちからはにらまれたなあ。
海外取材は苦しい面もあるけど、やはり楽しい。カメラマンと小1ヵ月インドを放浪した時、怪しいインド人に自宅に来ないかと誘われた。で、車で行くのかと思ったら、2台のバイクの後部座席に俺とカメラマンを乗せて、真夜中の田舎道を飛ばす。で、結構大きな屋敷の近くに来たら、突然どこからか猟銃のようなものを取り出してパーン。「ああ、こりゃ終った。殺される」と思ったら、ゲートにさっと人が集まり、ギーッと門を開けるじゃないか。つまり、銃声が「人間自動ドア」のボタンだったってわけ。
そういうドキドキがあるから、面白い。まあ、最近の若い人は相当語学力があるから、俺達のような珍道中にはならないんだろうが。いずれにせよ、語学力は大切だし、面接でも一定のポイントがあるのは確かだな。
記事と写真
その取材なんだけど、どうやって記事を書くのか、どのようなプロセスで紙面に載るのか、結構質問が来るんだ。そんなこと、入社したら嫌でも覚えなきゃならんのだから、今知ってもしょうがないと思うんだけど。
マニュアル世代だからな。ただ、そんなものはなんの役にもたたないってことは、入社すればわかるさ。それより、パソコンが扱えないと話にならんな。10年ほど前までは原稿用紙に書いていたわけだが、ワープロ時代を経て、今ではノートパソコンで記事を書き、携帯電話か有線でデスク専用のパソコンに送信する。
といっても、その原稿は跡形もなくデスクによって手直しされるんだが。残ったのは固有名詞だけとか、それすら間違ってて、こっぴどく叱られるというのは新人ならだれでも味わう屈辱。
それと、大切なのは写真のセンス。新聞の情報は文字と画像。そのうち新聞も映像を売るようになると思うんだが。記事はデスクの手でまともなものになるが、写真だけは作り替えようがない。日ごろから写真雑誌などで勉強するのも大切だ。昔は火災現場から戻って現像したらネガが真っ白だったとか、重要な人物を撮影したら、フィルムが入ってなかったとか、笑えない「伝説」が結構生まれていた。
ところで、独身の頃はモテモテだったろう。俺のような無骨者でも、信じられないくらいモテたもんなあ。女性からデートに誘われるなんて思いもしなかったから、自然、肩で風切る生意気なやつになってたみたい。今思えば汗顔の至りだ。
よく「記者って、もてますか」と学生に聞かれるんで「君の実力以上にもてるけど、それは共同幻想なんだ」って答えている。意味、分かってるかなあ。いずれにせよ、案外そうした環境の中でいつのまにか婚期を逃すケースもある。今独身の連中がそうだということではないけどな。
もちろん、理由はさまざまだろうけど、結婚してない中高年は結構いるなあ。それも一つの生き方だし、銀行のように独身だからって人事考課に響くわけじゃないから構わないけど。ただ、結婚したいけど、夜遅くまで取材してたら異性と出会う機会が無いという嘆き節は聞こえてくるね。
増える女性社員
ところで、新聞社も女性社員がどんどん増えてきた。昨年、ある志願者の父親が電話で「やっぱり新聞社ってのは、女性にとっては働きにくい職場でしょう?」と聞いてきた。女性を女性と思っていない野蛮な職場という印象があるようだったな。
それ、見方によっては当たってるじゃないか。どこの職場も「女性だから」と、妙にいたわったりしない。問われるのは性別ではなく、能力なんだから。女性だろうがミスをしでかしたら怒鳴り上げるし、危険な場所にだって取材に行く。むしろ、女性だからと変な配慮をすること自体、性差別だし、女性だって歓迎しないだろう。
「セクハラ」は無いんですか、なんて質問もあるな。
社内で対応マニュアルを作っているが、そうした届け出はない。でも、なにせ最近まで女性が少ない職場だったし、新聞社の場合、9時から5時まででさようなら、ってわけにはいかない。帰宅が午前様になることは日常茶飯事だから、セキュリティに関しては最大の注意が必要だ。

