地元遺産へ誘う

【再び】選炭場が博物館、炭住は公営住宅…

-ドイツ フランス 炭鉱跡地-
産業遺産として世界遺産に登録されているツォルフェライン炭鉱跡

産業遺産として世界遺産に登録されている
ツォルフェライン炭鉱跡

かつて作業員が汚れを流した浴場の建物は現在、アート団体の拠点となっている

かつて作業員が汚れを流した浴場の建物は
現在、アート団体の拠点となっている

ランスの旧炭鉱住宅。遠くぼた山が見える

ランスの旧炭鉱住宅。遠くぼた山が見える

世界遺産になっている南イタリア・アルベロベッロの街並み

世界遺産になっている南イタリア・
アルベロベッロの街並み

トゥルッリのとんがり屋根の横で揺れる洗濯物

トゥルッリのとんがり屋根の横で揺れる洗濯物

 ドイツ経済を支えたルール地方の炭田で最大だったツォルフェライン炭鉱を中心とした約100ヘクタールの「ツォルフェライン炭鉱業遺産群」は、近代化への功績を伝えつつ「産業と芸術の融合」をテーマに保存活用を進めている。
 同炭鉱は1851年に採炭を始めた。炭鉱全体で最盛期には1日に2万3千トンの石炭を産出したが、1986年に閉山。世界遺産には2001年に登録された。炭鉱跡の再整備には欧州連合(EU)や現地のエッセン市などが、約20年にわたって資金を投じ、運営財団を設立。シンボルの第12立て坑は機能を重視するバウハウス様式の建築物とされ、財団広報担当者によると、「産業と芸術の融合」をテーマにしたのは、炭鉱施設でありながら建築作品でもあった第12立て坑跡の特色を引き継いでのことだという。
 高さ40メートルの巨大なビルのような旧選炭場は「ルール博物館」として、石炭産業にとどまらず地域の歴史文化や自然史などを紹介。展示スペースの陰や通路には、選炭に使われていた巨大なローラーなどがそのまま残る。立て坑につながる建物では、坑内の労働の様子が当時の写真や道具とともに紹介され、石炭を運んだトロッコも見られる。ガイドツアーも毎日実施。年間150万人が訪れる有数の観光地になった。ガイドを約15年務めるリッケンブロック・アンドレアスさん(49)は「ルール地方には、大気汚染などいいイメージが無かったが、世界遺産になって観光客が増えた。ルールのシンボルとして紹介し続けたい」と意気込む。
 旧浴場の建物にもパフォーマンスアート団体「パクト」が約10年前に入居。浴場をステージに改装し、創作に励む。マネジャーのイボンヌ・ワイトさんは「歴史のある建物で、わくわく感がある」という。

 れんが造りの炭鉱住宅を公営住宅としてほとんどそのまま使っているのは、フランス北部ランス(人口3万6千人)を中心とした世界遺産「ノール・パドカレ地方の炭田地帯」だ。厳しい環境で働く労働者に鉱山会社は、園芸や伝書バト飼育、サッカーなどを奨励していたそうで、庭付きで公共スペースも広い一帯は、大都市周辺の高層公団住宅に比べると住みやすそうだ。
 トヨタ工場があるバランシエンヌからランスの北西郊まで東西120キロ、南北12キロに点在する353件で構成された世界遺産。昨年6月に登録された。ランス炭鉱の立て坑跡はルーブル美術館別館として活用されている。
 最盛期にはランス周辺で20近くあった立て坑ごとに数百戸の炭鉱住宅群が一つの街として建てられ、それぞれに教会や学校、診療所などがあった。一部は今も現役で使用され、鉱山会社本社の建物は大学の学部棟だ。炭住街の向こうにそびえるぼた山も世界遺産。遊歩道が整備され自然公園となった。立て坑の巻き上げやぐらやタワーもエネルギー研究センターや文化施設として活用されている。 (岩尾款、国分健史)
地図



400年の時が息づく「石の家の街」
「昔、ここにはロバをつないでいたんですよ」と説明するフランセスコさん(右)と陽子さん

「昔、ここにはロバをつないでいたんですよ」
と説明するフランセスコさん(右)と陽子さん

 おとぎの国のような円すい屋根の家「トゥルッリ」が並ぶ南イタリア・アルベロベッロ。屋根は一帯で取れる石灰岩を割ってできた薄い「キアンカッレ」を積み上げて作る。厚さ1メートルを超える壁も石灰岩。断熱性が高く、暖炉にまきをたくだけで暖が取れる。夏場、外は湿度が10%台になるが、この中は適度な湿度で涼しくエアコンは不要だ。
 「たとえるなら日本の土蔵ですね」。ラエラ陽子さん(46)は説明する。陽子さんは1992年に結婚した夫のフランセスコさん(54)と、トゥルッリが約1000棟並ぶ世界遺産地区モンティで土産物店を営む。義父母から受け継いだトゥルッリは築400年以上。かつてロバがつながれていた壁のくぼみや水槽に通じる穴があり、農家の住まいだったことを物語る。
 アドリア海に面した港町バーリから、各駅停車で1時間半。乾燥した丘陵地にあるこの地域は、かつては石灰質のやせた土でブドウやオリーブをほそぼそと栽培している片田舎だった。トゥルッリは、唯一手に入りやすい石灰岩を使って1600年ごろから建てられ、「貧乏人の家」と呼ばれた時代もある。1960年ごろから建築家や近くの米軍基地の兵隊らの目に留まり、世界に知れ渡った。
 屋根は約100年に1回、専門の職人に頼んでふき替える。床はタイル張りだが、石灰岩と同系色にしなければならないなど、世界遺産地区であるが故の規制も増えた。「世界遺産になっても建物補修に何の補助もない。今じゃ住めるのはお金持ちだね」とフランセスコさん。「ここの暮らしって、そんなに価値があるの?」と、大抵の住人はきょとんとしている。
 店の前に、フランセスコさんの愛車、40年以上前のクラシックカー「フィアット・チンクエチェント」があった。彼は「家だけじゃないよ、車も父から譲り受けたんだ」と誇らしげだ。古いものを大切にする気質があるイタリアだからこそ、世界遺産が49件もあるのかもしれない。 (岩尾款)
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