地元遺産へ誘う

【継承】長崎教会群の「信仰文化」

-長崎・平戸島 春日集落-
長崎県平戸市春日町のキリシタン墓が見つかった丸尾山で、毎年12月に行われる「丸尾さまのお祭り」。遠くに安満岳も見える

長崎県平戸市春日町のキリシタン墓が見つかった丸尾山で、毎年12月に行われる「丸尾さまのお祭り」。遠くに安満岳も見える

海岸から棚田が連なる春日集落。キリスト教が伝わった16世紀の面影を残している(本社ヘリから)

海岸から棚田が連なる春日集落。キリスト教が
伝わった16世紀の面影を残している
(本社ヘリから)

毎朝、安満岳に向かって手を合わせるという寺田一男さん

毎朝、安満岳に向かって手を合わせるという
寺田一男さん

寺田一男さんの家に伝わる(右)オテンペンシャ(左)ロザリオ(いずれも平戸市教育委員会提供)

寺田一男さんの家に伝わる
(右)オテンペンシャ(左)ロザリオ
(いずれも平戸市教育委員会提供)

キリスト教伝来 面影今も
 長崎県平戸島の北西岸、安満岳(やすまんだけ)(514メートル)の麓に春日集落はある。毎年12月、住民が「丸尾さま」と呼ぶ小高い丘、丸尾山の頂で小さな祭りが行われる。
 春日はキリシタンの集落だった。丸尾さまでは彼らの墓が発見され、かつて頂上に十字架が立っていたと考えられている。今は高さ約50センチの祠(ほこら)がある。
 午前8時、祠に米や魚などを供え、近くの三輪神社の宮司、三輪浩孝さん(46)が祝詞を上げた。言い伝えでは、昔、春日に漂着した船が人々に福をもたらしたのが祭りの始まり。祭りは15分ほどで終わる。
 「私が小学生のころは大勢が祭りに参加し、飲み食いもした。子どもは相撲を取らされた」。住民の寺田一男さん(64)が懐かしそうに話す。17世帯、約60人が暮らす集落。今は代表者だけで祭りを続けている。
 丸尾さまから眺める景観は美しい。海端から谷間に沿って連なる棚田。この地にキリスト教が伝わった16世紀の面影を今に残す。
 寺田さんは毎朝、安満岳に向かって手を合わせている。「春日の人間にとって一日の始まり」と言う。
 宣教師ザビエルが平戸を訪れたのは1550年。布教が始まる前から安満岳には神社や寺があり、神道や仏教の信仰対象となっていた。禁教時代はキリシタンの聖地にもなった。安満岳への畏敬は変わらない。
 春日には、かくれキリシタン信仰の名残がある。寺田家に伝わる「オテンペンシャ」もその一つ。キリシタンが苦行に用いる鞭(むち)が起源の祭具。ご神体でもある。寺田家では、2本のオテンペンシャとロザリオ(十字架)を白い布に包み、神棚の横に祭っている。
 寺田さんがオテンペンシャを見せてくれた。長さは各約40センチ。手あかだろうか。握りが黒い。「病人が出ると、じいさんはこれでお祓(はら)いをしていたようだ」と寺田さん。祖父の作太郎さんは、かくれキリシタン信仰を熱心に守っていた。
 中江ノ島は春日の沖合約2キロに浮かぶ。禁教時代、多くのキリシタンや宣教師が処刑された地。寺田さんは、作太郎さんが島に向かって呪文のような言葉を唱える姿を覚えている。かくれキリシタンの祈りの言葉「オラショ」だったのでは-。そう考えている。
 中江ノ島は聖地。80歳以上の住民は、この島でくんだ聖水で洗礼を受けた経験があるという。春日ではお水取りの風習は途絶えたが、隣の生月島に残る。
 春日集落と安満岳、中江ノ島は、世界遺産登録を目指す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に入った。近年、観光客が増えた。外国人の姿もある。「地域の歴史を見つめ直し、活性化につなげようという機運が高まった」。集落の美吉英次さん(52)は話す。
 寺田さんは伝統文化が薄れていくのを惜しみ、最近、オテンペンシャの公開を考えるようになった。「じいさんが守ってきた文化と景観を受け継いでいかねば」。言葉に力がこもる。 (野村大輔)

大満天主堂

大浦天主堂

(上段から時計回りに)黒島天主堂 田平天主堂 旧野首教会堂 頭ヶ島天主堂 旧五輪教会堂 江上天主堂

(上段右上から時計回りに)黒島天主堂、田平天主堂、旧野首教会堂、頭ヶ島天主堂、
旧五輪教会堂、江上天主堂

長崎の教会群とキリスト教関連遺産
 日本と西欧の文化が融合した教会建築や、信仰を色濃く反映した集落や城跡など日本でのキリスト教の伝来や広がり、弾圧を伝える長崎、熊本2県の13件で構成。両県と6市2町の首長でつくる世界遺産登録推進会議は2016年度の登録を目指している。
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