地元遺産へ誘う

【日常】住んで守る 江戸期の家

-熊本県大津町 国の重要文化財 江藤家住宅-
近所の住民たちと縁側で談笑する江藤武紀さん(前列右から2人目)と、南美枝さん(中央)(撮影・中村太一)

近所の住民たちと縁側で談笑する江藤武紀さん(前列右から2人目)と、南美枝さん(中央)
(撮影・中村太一)

居間でくつろぐ江藤武紀さん(右)と、南美枝さん夫妻

居間でくつろぐ江藤武紀さん(右)と、
南美枝さん夫妻

 この日の気温は10度。桟瓦(さんがわら)ぶきの母屋に入ると外よりも肌寒い。暖気に誘われて茶の間に向かうと…古いためか引き戸が開かない。仕方なく別の戸から入ると、家主の江藤武紀さん(73)が近所の人たちと掘りごたつを囲んでいた。土間の台所から湯気を立てたやかんの音が聞こえる。近所からの差し入れの白菜が並ぶ横で、妻の南美枝さん(70)が湯飲みに湯を注ぐ。
 「寒いでしょ、うちは。湯飲みを温めておかないとお茶もすぐ冷めて…」
 熊本県大津町陣内にある「江藤家住宅」は1830年の建築。6千平方メートル超の敷地には母屋を囲むように馬小屋や蔵。庭園には樹齢300年を超えるナギの木が葉を茂らせる。2005年に国の重要文化財指定を受けた。豪農だった先祖が江戸時代に武士格を持った在御家人となり、武家風のこの住宅に代々住む。武紀さんは11代目で、南美枝さんら家族と暮らす。鶴や富士山が描かれたふすまや壁、市松模様の畳など文化的価値が特に高い客間は、劣化を防ぐため暖房器具が使えない。冬の法事では客人にカイロを配布する。
 雨漏りも多く、梅雨時にはあちこちでバケツが活躍する。広い家の掃除もかつては住み込みの行儀見習いがやっていた。現在は夫婦の担当だ。はた目には大変そうだが、武紀さんは「家を守る立場に生まれてきた者の生きがいです」ときっぱり。不便な日々をいとおしみながら、文化財管理というよりは家族の体を気遣うような暮らしぶりだ。文化財としての価値は実際に住むことでこそ守れると武紀さんは考える。
湯気が立ち上る台所で、近所に住む男性から手土産の白菜を受け取る南美枝さん(左)

湯気が立ち上る台所で、近所に住む男性から
手土産の白菜を受け取る南美枝さん(左)

近所の住民たちが手土産を持ち寄り、世間話に花を咲かせる

近所の住民たちが手土産を持ち寄り、
世間話に花を咲かせる

江戸時代から代々住み続け、武紀さんが11代目の主となる江藤家住宅

江戸時代から代々住み続け、武紀さんが
11代目の主となる江藤家住宅

「『住宅』ですから。人が住むのと住まないとでは、生きたパンダと剥製くらいの違いがある」
 広大な敷地は家人だけでは管理できない。1993年に武紀さんの父親が他界した当時、武紀さんは同居しておらず、母親ら女性だけの所帯になった。立ち上がったのが近所の住人たち。女性だけの生活に慣れるまで交代で夜間に宿直するなど、見守り続けた。今も庭の掃除、敷地を囲む石垣の草取りなどは、近所の人が自発的に行っている。毎年4月には消防団員が庭の池をぴかぴかにして帰る。
 江藤家には10年に1度の阿蘇窪田神社御幸行列の道具も保管され、ここから一行が出発する。住まいの歴史は江藤家だけのものではなく、地域と紡がれているのだ。茶の間でこたつを囲んでいた近所の藤本政時さん(83)は「江藤家は地域の顔。一緒に守っていくのが当たり前ですたい」と話す。武紀さんが席を外すと、息子の12代目をどう支えるか、他の近所の人々と小声で話し合い始めた。 (河津由紀子)
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