地元遺産へ誘う

【推し遺産①】十二支そろうまち

-推薦人 北方町総合支所長・山本武之さん(58)-
取材を担当した野村大輔記者

取材を担当した野村大輔記者は
1978年生まれの年男。「午」の案内板を
見つけて幸せな気持ちになった

十二支
 北方町は日本で唯一、地域区分に全ての干支(えと)を使っている町です。例えば、総合支所の住所は「延岡市北方町川水流卯(う)682番地」。「卯」は字ではなく、番地の一部なのです。
 干支による地域区分は明治22(1889)年、町村制が施行された時に使われ始めました。町南東部の子(ね)から丑(うし)、寅(とら)、卯…と、ほぼ時計回りで干支が配置されています。2006年に延岡市と合併した後もこの区分は続いています。
 干支を使った町づくりが始まったのは1987年。町内の至る所に、各地区の干支をあしらった街灯や案内板が立っています。干支大橋やレジャー施設「ETOランド」もあります。
干支は町民の誇りです。北方町は農林業が盛ん。干支で町の印象をアピールしつつ、米やミカン、次郎柿などの特産品を消費者に売り込んでいきたいですね。

memo 干支の地域区分は明治期、町長にあたる「戸長」だった古川定明氏が考案。古川氏は延岡藩の「天文測量方」の家柄で天文学に詳しかったという。

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