戦後70年へ ~証言をつなぐ~

出征前 最後の愛の形

「あと5分、10分 描きつづけたい」

戦死者の作品展示「無言館」

日高安典さんが描いた「裸婦」

日高安典さんが描いた「裸婦」

 一枚の油彩画「裸婦」にはっと息をのんだ。戦後70年たった今も、呼吸を続けているかのようだった。

 長野県上田市にある慰霊美術館「無言館」。日中、太平洋戦争で戦死した元画学生たち108人の絵画、彫刻、遺品などが2館に展示されている。鹿児島県・種子島(南種子町)生まれの日高安典さんが描いたその一枚は、入ってすぐのところにあった。

 〈あと5分、あと10分、この絵を描きつづけていたい。外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。生きて帰ってきたら、必ずこの絵の続きを描くから…。安典は、モデルをつとめてくれた恋人にそう言い残して戦地に発(た)った〉

亡夫の日章旗 何を語る

「私の死後どうなるか」

元特攻隊員の妻 中村ヨシエさん(83)

引き揚げ証明書に記載されている宏子さんと康子さんの名前

夫が残した日章旗を見つめる中村ヨシエさん。身辺整理をする中、今後の扱いに悩んでいた=北九州市小倉南区(撮影・岡部拓也)

 昨夏、西日本新聞社に届いた封筒に、色あせた2枚の日章旗が入っていた。武運長久、滅敵制空、挺身攻撃…。いずれも勇ましい言葉で埋め尽くされていた。

遺品2万点 父から子へ

「生かされた人間」だから

大分市の元特攻隊員 川野喜一さん(88)

引き揚げ証明書に記載されている宏子さんと康子さんの名前

自宅を改築した資料館で語る川野喜一さん。ここで毎日、亡くなった戦友らのため線香をあげる=大分市(撮影・岡部拓也)

 天井に届きそうなほど、旧日本軍の関連用品が所狭しと並ぶ。大分市の大分予科練資料館。軍帽をかぶった館長の川野喜一さん(88)は、寄せ書きで埋まった日章旗を指さした。
 「遺族から寄贈されたものです。あれも、これも」

後世へ 展示多様に

 終戦から70年を迎え、戦争体験を証言する人たちが少なくなる中、残されたものから私たちは何を学び、どう未来に生かせばよいのか、識者に聞いた。また戦争に関する品々を展示し、公設の資料館とは別に運営されている、九州各地の個性的な私設資料館を紹介する。

九州・私設資料館ガイド

九州施設資料館ガイド

 戦争について学べる資料館は、国や自治体が運営する公設館が各地にあり、九州では長崎原爆資料館(長崎市)や知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)などがよく知られている。一方、個人や市民団体が開設した私設館もあり、それらは、関わった人々の思いに基づいた独自の展示や運営をしているのが特徴だ。
 戦争に関してはさまざまな捉え方があり、展示物や訴える中身について議論が起きることもある。「九州の戦争遺跡」の著書がある江浜明徳さん(64)は私設館について、資金難や後継者難などの課題を挙げながらも「公立施設ではなかなか扱えない、掘り下げたテーマを取り上げる点が強みだ」と存在意義を強調する。
 江浜さんは「戦争の遺品や遺跡を見れば、いかに戦争がむなしいかがよく分かる」と指摘。「見ればきっと感じるものがあるはずだ」と話す。

取材 佐藤倫之、木下悟、森井徹、丹村智子 写真 佐藤桂一、軸丸雅訓 グラフィックス制作 濵田卓爾 ウェブ制作 矢野由香(メディアプラネット)