戦後70年へ ~証言をつなぐ~

被爆者 風化に抗い

長崎、広島県外にも5.2万人

 終戦から70年。戦争が遠い昔話になろうとしている今、どれほどの人が広島、長崎両市の原爆について知っているだろう。核廃絶の願いを世界に発信してきた被爆地の声は、世界のどのぐらいの国・地域に届いているだろうか。ヒロシマ、ナガサキから遠い土地で、そんな憂いを心に抱き、体験の風化に抗(あらが)って小さな声を上げてきた人々がいる。

被爆者団体 4分の1解散

九州10年間被団協傘下

 原爆被爆者の唯一の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」の傘下にある九州各地の被爆者団体のうち、この􅬼年で4分の1が解散したことが、西日本新聞のアンケートで分かった。高齢化により、事務作業を担う人材不足が最大の要因。被爆者の平均年齢は今年初めて80歳を超えており、体験の継承や核兵器廃絶運動の弱体化が深刻な課題となっている。

心の傷 寄り添う3世

臨床心理士・山下さん

被爆者の体験を若い世代につなげる活動を始めた山下弥恵さん=3日午後、福岡市博多区(撮影・佐藤桂一)

被爆者の体験を若い世代につなげる活動を始めた山下弥恵さん=3日午後、福岡市博多区(撮影・佐藤桂一)

 被爆者団体が存続の危機に直面する一方で、被爆の体験を口にしないまま亡くなっていく被爆者も少なくない。なぜ語ろうとしないのか、胸の内に迫ろうと、被爆3世の山下弥恵さん(28)=福岡県宗像市=は臨床心理の面から研究を続けている。被爆した祖母と身近に接してきた3世だからこそ理解したい-。そんな思いで。
 「記憶がないから…」。小学6年の修学旅行で訪ねた広島市の老人ホーム。被爆体験を聞きにいったはずなのに、2人のお年寄りは口をつぐんだ。その姿が目に焼き付いた。別のお年寄りが「悲惨な体験だからこそ話すのを避けたんだよ」と教えてくれた。
 そういえば広島で被爆した祖母(88)も自分に一度も体験を語ったことがない。やがて心的外傷(トラウマ)に関心を抱くようになり、大学で心理学を学ぼうと決めた。
 被爆地にある長崎純心大を選んだ。被爆者自身が体験を演じる劇を見た。治療を受けた福岡の病院で石を投げられた差別の記憶を語る人にも会った。つらくても口にできる人、口を閉ざす人。違いを知りたい。不登校やうつを研究する学生が多い中、被爆者心理を専門にしようと決めた。

原子野 次代への伝言

 平和を求めて被爆体験を語り続ける人、放射線の家族への影響に不安を拭いきれない人…。戦後70年を経てもなお原爆被害は体験者の上に重くのしかかり、その心中には「再び被爆者を生まないでほしい」という願いが満ちている。被爆地の外で暮らしてきた被爆者たちの体験をつづった。

被爆者

 被爆者援護法で定める被爆者は、(1)直接の被爆者(2)原爆投下から2週間以内に爆心地の約2キロに立ち入った入市被爆者(3)被災者の救援や死体の処理など放射能の影響を受けた救護被爆者(4)原爆投下時に母親の胎内にいた胎内被爆者-に分けられる。被爆者であることを証明する「被爆者健康手帳」は都道府県知事か広島、長崎両市長が交付する。手帳の所持者はほとんどの疾病で医療費の自己負担がなくなる。また、原爆の放射線を原因とする病気(原爆症)で治療が必要と認められると、国が医療特別手当(月額約13万8380円)を支給する。受給者は8749人(今年3月末現在)。現在でも手帳の交付や原爆症の認定を求める訴訟が各地で続いている。

継承 自信と不安

 被爆者の高齢化が進み、被爆体験の風化が懸念される中、原爆について私たちはどう向き合えばいいのか。被爆体験の継承に関する本社アンケートや、研究者、被爆者運動に携わってきた当事者の分析から、明日へのアプローチを探った。

被爆者団体アンケート

被爆者団体アンケート

 被爆者の唯一の全国組織日本原水爆被害者団体協議会(被団協)を構成する九州各県内の団体に実施した西日本新聞社のアンケートからは、被爆者の体験が次世代に引き継がれていると思うという回答が全体の6割を超す一方で、若い世代の無関心に悩む被爆者の姿が浮かび上がった。また、核兵器廃絶の実現については悲観的な意見が目立ち、厳しい現実への認識が示された。アンケートは団体の活動状況に合わせて、回答者の個人的意見も記入してもらう形式で実施、項目ごとに回答があった分を集計した。

取材 佐藤倫之、木下悟、福間慎一、竹次稔、北島剛、川口安子、森井徹、丹村智子 グラフィックス制作 大串誠寿、茅島陽子 ウェブ制作 矢野由香(西日本新聞メディアラボ)