西日本新聞

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無らい県運動

 1930~50年代を中心に、当時「らい病」と呼ばれたハンセン病の患者をすべて療養所に入所させることで、県内での「患者ゼロ」を目指した運動。都道府県が競って患者の「摘発」を進め、住民からの密告も奨励した。警察官が患者を自宅から連れ出し、保健所職員が家屋を消毒する光景が、感染力が極めて弱いハンセン病を「怖い病気」と思い込ませ、患者や家族への偏見、差別を助長した。

(2012年4月21日掲載)

 当時「らい病」と呼ばれたハンセン病の患者ゼロを目指した運動。1929年に愛知県で始まり、患者の絶対隔離を打ち出した改正癩(らい)予防法が公布された31年以降、全国に拡大した。都道府県が競って患者の「摘発」を進め、住民からの密告も奨励。警察官が患者を自宅から連れだし、保健所職員が家屋を消毒する様子が差別を助長した。県内では40年、熊本市の本妙寺周辺にいた患者など157人を県警が療養所に強制移送する「本妙寺事件」が起きた。

(2010年11月14日掲載)

 「らい病」と呼ばれたハンセン病の患者ゼロを目指した運動。愛知県で1929年に始まり、患者の「絶対隔離」を打ち出した改正癩(らい)予防法公布の31年以降は全都道府県に拡大した。運動に合わせて療養所が増設され、40年には「1万人隔離」を達成。その後は新規発症患者の減少などで衰退した。「ハンセン病問題に関する検証会議」の最終報告書(2005年)は、患者や家族への差別・偏見を助長するなど「社会被害」の一因になったと指摘した。

(2009年1月3日掲載)


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