西日本新聞

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足利事件

 1990年5月、栃木県足利市のパチンコ店に父親と来ていた保育園女児=当時(4)=が行方不明になり、近くの河川敷で遺体が見つかった。県警は91年12月、店の客だった菅家利和さん(62)を逮捕。菅家さんは1審途中から無罪を主張。物証が乏しく、自白やDNA鑑定の信用性が争点となった。最高裁は2000年、1、2審に続きDNA鑑定の証拠能力を認め、無期懲役が確定。再審請求は宇都宮地裁が08年に棄却し、即時抗告を受けた東京高裁が職権でDNA型の再鑑定を実施していた。

(2009年6月5日掲載)

 1990年5月、栃木県足利市のパチンコ店に父親と来ていた保育園女児=当時(4)=が行方不明になり、近くの河川敷で遺体が見つかった。県警は91年12月、店の客だった菅家利和受刑者(62)を逮捕。菅家受刑者は1審途中から無罪を主張。物証が乏しく、自白やDNA鑑定の信用性が争点となった。
 
 最高裁は2000年、1、2審に続きDNA鑑定の証拠能力を認め、無期懲役が確定。
 
 再審請求は宇都宮地裁が08年に棄却し、即時抗告を受けた東京高裁が職権でDNA型の再鑑定を実施していた。

(2009年6月4日掲載)

 1990年5月、栃木県足利市のパチンコ店に父親と来ていた保育園女児=当時(4つ)=が行方不明になり、近くの渡良瀬川河川敷で遺体が見つかった。県警は91年12月、パチンコ店の客だった菅家利和受刑者(62)を、DNA鑑定を根拠に逮捕。菅家受刑者は当初、犯行を認めたが、1審途中から無罪を主張した。物証が乏しく、公判では自白やDNA鑑定の信用性が争点となった。最高裁は2000年、1、2審に続いてDNA鑑定の証拠能力を認め、無期懲役が確定。弁護側は「受刑者と真犯人のDNA型が一致しない」と再審請求したが、08年に宇都宮地裁で棄却され、東京高裁に即時抗告した。

(2009年5月9日掲載)


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