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もやい直し

 「患者とチッソの対立」のほか、「患者と市民のあつれき」「患者団体間の分裂」、またチッソの組合分裂がもたらした市民、地域間の亀裂など、水俣では長く対立の図式が重層を成していた。 水俣湾の埋め立て地が完成し、水俣病訴訟で和解勧告が出始めた1990年ごろから患者、市民双方に水俣病の解決と地域の再生を望む声が高まり、両者が共同で集会などを開くようになった。 1994年に市長に就任した吉井正澄氏は、同年の慰霊式で市長として初めて「十分な対策がとれなかった」と謝罪。船同士をつなぎ合わせる「もやう」の言葉から「もやい直し」を掲げ、患者団体との融和や地域再生を積極的に進めた。

(2006年1月3日掲載)


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