それぞれの春(4)定年教授は思う 入学する君たちに

書物と資料が山積みになった研究室で。いじめ問題などで何度か田嶌さんを訪ねたが、不思議と資料は出てきた
書物と資料が山積みになった研究室で。いじめ問題などで何度か田嶌さんを訪ねたが、不思議と資料は出てきた
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 新入生を待つ大学では3月、定年を迎え、教壇から去る人たちがいる。九州大学人間環境学研究院の田嶌誠一教授(65)もその一人。臨床心理学が専門で、頭の中に壺(つぼ)を思い描き、心の回復を目指す「壺イメージ療法」を考案したことで知られる。その足跡をたどりつつ、大学に入学する君たちへ-。

 -なぜ心理学を勉強しようと思ったのですか。

 田嶌 私は旧産炭地の大牟田(福岡県)で生まれ、父は坑内労働者。三井三池三川鉱炭じん爆発事故(1963年)の時は小学6年生。広場で遊んでいると、地響きがした。夜勤当番だった父は無事だったが、近所の人が大勢亡くなった。

 皆が貧しく、大学へのあこがれは強かったが、自分が何になりたいのか、どんな学部があるのか、相談相手もいなかった。そんなとき、受験勉強で出合った参考書「古文研究法」(小西甚一著)に感銘を受け、著者がいた東京教育大学(現筑波大)を目指したが、大学紛争で入試は中止に。1年浪人して九大教育学部に入学した。

 九大の教育学部に「心理学」の講座があることは、大学に入って初めて知った。人の心を勉強する、これは面白そうだと。

 -そこで成瀬悟策さん(九大名誉教授)に出会う。

 田嶌 先生は、動作法(動作と姿勢を重視した心理療法)を考案し、障害児を対象に実践していた。私たちゼミ生も1週間ほど、施設に泊まり込み、訓練を支援した。人間と触れ合い、人が回復する手応え、喜びに接した。

 「自分の頭で徹底して考えろ」。それが先生の口癖でね。ゼミでも「それでおまえはどう思うのか」と。そして先生も「私はこう思う」と必ず語った。

 -「壺イメージ療法」はどうして生まれたか。

 田嶌 博士課程の大学院生だった20代後半、患者さんから教えられた。ある人をカウンセリングしていて、自由にイメージを浮かべてもらうと「洞窟の中に壺が並んでいる」と言う。いくつありますか、どんな形ですか、中には何が入っていますか、入ってみましょう…。そんなやりとりをしていくと、不思議とその人が抱える不安を受け止めることができるようになり、治癒に向かった。専門書を読むのも大切だが、むしろ現場や人から学ぶことが多かった。

 -児童養護施設の子どもたちとも関わっている。

 田嶌 教え子が施設に勤務するようになり、私もボランティアで関わるようになった。そこで、施設内暴力の実態を知り驚いた。職員から子どもへの暴力は新聞にも載る。だが、実は子ども同士の暴力・いじめも深刻で、実態は職員さえ十分には知らない。虐待や育児放棄などで心を痛め、保護された子どもが再び傷つく。これは何とかしなくてはいけないと。

 厚生労働省にも実態調査を求め、施設運営をオープンにする「安全委員会方式」(監視機能の強化ではなく、外部からモニターしつつ支援する)の導入を呼び掛け、広がりつつある。

 -人の心を長年研究してきていま、何を思う。

 田嶌 大人と子ども、男女、世代間…。人と人との関係性が変わり、その境界も見えにくくなっている。例えば、1970年代から深刻化した校内暴力。子どもが教師を殴るなんて、私たちの時代には考えられなかった。何を大事にするかが、大きく違ってきている。

 人の心を援助するということは、その人の希望を引き出し、応援することだ。

 -新入生に贈る言葉を。

 田嶌 大学の最も重要な役割は、新たな学問を切り開いていくことだと思う。だから、教わったことを、鵜呑(うの)みにするのではなく、自分の頭と実感で考えてほしい。そして、与えられた枠の中でベストを尽くすだけでなく、「枠そのものを疑う力」も。学問はしんどい。でも面白い。出合って幸せだった。

 田嶌誠一氏(たじま・せいいち) 臨床心理士。広島修道大、京都教育大を経て、1994年に九大助教授、99年から同大学院教授。著書に「イメージ体験の心理学」(講談社現代新書)など。大学の学生相談、中学校のスクールカウンセラーも務め、いじめ、不登校についても研究した。退官にあたり、新著「現実に介入しつつ心に関わる-展開編」(金剛出版)を出版した。

=2016/03/27付 西日本新聞朝刊=

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