ごんぎつね(3)還暦 定年を迎える校長物語

30年ほど前、ごんぎつねの授業で作成した教材プリント集をめくる八田実校長
30年ほど前、ごんぎつねの授業で作成した教材プリント集をめくる八田実校長
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 「ごんぎつね」が教科書に初めて掲載されたのは1956年。経済白書には「もはや戦後ではない」と記され、時代は高度成長へと向かおうとしていた。その年に生まれ、やがて教員になった人が来春、定年を迎える。佐賀県武雄市の市立東川登小学校の八田(やつだ)実校長(60)もその一人だ。

 「国語の授業は、言葉を通した心の教育。物語の登場人物に寄り添ったり、反発したりしながら、心を耕していく」

 校長室を訪ねると、30年ほど前、自身がごんぎつねの授業に使ったプリント集をめくりながら話した。教員になって5年目。2度目の4年生担任になったとき、作成した。パソコンなどなく、手書きの原稿を転写印刷した。紙は黄ばんでいる。

 通常授業では、教員が学習課題を提示し、子どもたちが考える。だが、八田さんは「子ども自身が課題を見つけ、探究していく授業」を目指した。今で言う「アクティブ・ラーニング」の先取りでもある。

 プリントでは、物語を4ブロック(起承転結)に分け、要点を大型表に整理。子どもたちの「初発の感想」(最初の感想)をブロックごとにまとめ、これから何を学びたいか、疑問点は何か、子どもたち自らが「課題」を書き込み、それを基に授業を進めた。

 そのプリントの原本を、八田さんは残していなかったが、当時の教え子だった女の子が家に保管していた。「彼女にとっても思い出深い教材だったんでしょうね」。同窓会で出会った折に譲り受け、実践事例として紹介するようになったという。

 〈ごんを火なわじゅうでうってしまった兵十の心のさけびを書こう〉。番号(7)のプリントには、そんな問い掛けがあり、女の子はこう記す。

 〈おまえの気持ちはよく分かった。やさしいきつねだったんだな。ほんとうにすまない〉

 幾重もの赤丸が添えられていた。

   ◇   ◇

 教員生活を振り返ると、国語指導のあり方も変わっていった。

 最大の狙いは「主題の探究」。かつては「作者が最も伝えたかったことは何か?」と、作者や作品の側に立ち、「一つの主題」を子どもたちに問い掛けた。だが、1990年前後からは、むしろ読者側に立ち「主題は、読者である子どもたち一人一人の中に生まれる」との捉え方が主流になっていった。

 ごんぎつねの単元目標についても〈場面の移り変わりや登場人物の気持ちの変化を読もう〉から〈物語を読んで考えたことを話し合おう〉〈感想を伝え合おう〉へ。「読む・書く」(読解)より、「話す・聞く」(表現活動)に力点が置かれるようになった。背景には、グローバル時代に対応した、プレゼンテーション、コミュニケーション力育成の狙いがある。

 「私たちは、いろんなものを、子どもたちに求めすぎているのかもしれませんね。物語に読み浸る。自分の思いをいっぱい作る。時代が変わろうとも、そんな国語の原点を忘れたくない」。八田さんはそう話す。

   ◇   ◇

 ごんぎつねの物語は切なく、悲しい。だから、八田さんも最後の場面で子どもたちを泣かせる「感動授業」を目指したが、泣く子は少なかったという。他の先生に聞いてもそうだった。

 それは何だか、イソップ童話「北風と太陽」を思い起こさせる。力の北風ではなく、寛容の太陽が、旅人のマントを脱がせる、あの物語。子どもの心を揺さぶる授業-。多くの教員がよく口にする言葉だが、そのためには、指導力や授業技術といったものだけでは、子どもの心は動かせないのだろう。

 「子どもたちから多様な意見が出る不思議な教材でしたね。あー、これは失敗だった、という授業もありましたよ。でも、私たち教師を鍛え続ける教材でもあった」。定年を前に、八田さんはしみじみ語った。

 ◆作者・新美南吉の横顔 1913(大正2)年、愛知県半田町(現・半田市)で生まれる。本名・正八。父は畳職人で、4歳時に母を病で亡くす。尋常小学校では成績優秀で、作文を先生に褒められる。13歳で旧制中学に進学し、童話や童謡の創作、雑誌への投稿を始める。

 教員を目指し、地元の師範学校を受験するが、体格検査で不合格。しばらく母校の尋常小で代用教員を務めた後、19歳で東京外国語学校(現・東京外語大)英語部文科に入学。この年(32年)、小説家の鈴木三重吉が主宰する児童雑誌「赤い鳥」1月号に「ごん狐」は掲載された。

 外国語学校卒業後、商工会議所に就職するが、血を吐いて23歳で帰郷。25歳から高等女学校教員。作文授業に力を注いだ。43(昭和18)年2月、体調を崩し退職。3月に結核で亡くなった。29歳だった。

=2016/12/18付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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