ごんぎつね(4)記者ノート 「教科書会社にも聞いた」

 親子2代、3代と教科書で読み継がれようとは、彼も思っていなかっただろう。「ごんぎつね」を小学4年生の教科書に初めて掲載したのは大日本図書。1956(昭和31)年、作者・新美南吉が亡くなってから13年後のことだった。

 本社に電話すると、担当者は「もう60年前の話ですからね。当社の百年史もめくってみましたが…」。国語教科書の発刊も90年代に中止していた。

 図書館で調べると、一人の人物が浮かび上がる。児童文学者・巽聖歌(たつみせいか)。北原白秋門下の同人誌「乳樹(チチノキ)」を通じ、新美が交友を深めた先輩だった。新美の死後、巽は親族から作品管理を任される。巽はやがて、大日本図書の編集委員となり、ごんぎつねの教科書掲載に尽力した。

 大手の光村図書も71年から、小4国語の教科書にごんぎつねを掲載し続ける。

 教科書は原則、4年ごとに改定される。例えば、2005年度から、同社は小6国語に作家・重松清さんの「カレーライス」を掲載するようになった。「ごめんなさい」が言いたいのに、言えない男の子と父親の甘辛い物語。「思春期の心」をテーマに、子どもにとっての身近さを考慮した改編だった。でも、ごんぎつねは消えなかった。

 小学校国語の山本智子編集長(54)は「国語授業では近年、読解ばかりではなく、主体的、対話的、深い学びが求められている。でも、この教材は、そうした時代の求めにもちゃんと応える強さを持つ、動かしがたい作品」と話す。

   ◇   ◇

 新美の代表作として「ごんぎつね」「狐」「手袋を買いに」を挙げる人が多い。いずれもキツネが絡む。読みながら、思い起こしたのは哲学者・内山節さんの著書「『里』という思想」の一節だ。内山さんは〈1965年〉と題し、こう記す。

 〈村人たちに話を聞いていると、一九六五年ごろを境にして、どこに行っても、人間がキツネにだまされなくなってしまうのである〉

 〈この時期を境にして、キツネが人間をだます生き物ではなく、単なる自然の動物になったことである。キツネと人間の新しい物語が生まれなくなった。キツネが人間の意識のなかに入ってくる「隣人」から、動物の一種類にすぎなくなった〉

 東京五輪開催(64年)を契機に、高度成長時代を迎え、モノや暮らしが豊かになっていく。そんな中で、平たく言えば、私たちは「物語を紡ぐ想像力」や「心の豊かさ」を見失ってしまったのではないかと。

 人やモノの背後にある物語を見失わず、もっと見つめてみよう。新美は私たちに、そんなメッセージを届けたかったのかもしれない。

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 世界の15歳(義務教育終了年齢)を対象に、3年ごとに実施される学習到達度調査(PISA=ピザ=)が今月発表された。あくまで平均点であり、ランキングに過剰反応する必要はないが、国語の読解力後退は気掛かりだ。

 グローバル化に対応した人材育成に向け、国語授業でもコミュニケーション、プレゼンテーション(発表)、ディベート(討論)力などを、子どもたちに求める傾向が強まっている。だが、その土台となる「物語そのものを楽しむ」「読み浸る」という原点がおろそかになってはいまいか。それは先生たちのつぶやきでもあった。

 小学校と女学校の教員でもあった新美。彼はあのころ、どんな授業を実践し、今の教育の流れをどう感じるだろう。あれこれ想像してみる。

 ◆読者から

 「感想文を書くのは高校生以来」と手紙を寄せた70代主婦。新聞を音読しながら読んでくれているそうだ。初回記事で引用した〈ごん、おまいだったのか〉の行で涙声になったという。

 「あのころ、何度も読み返したごんぎつねで、泣いた記憶はないです。この年になって、あらためて内容の深さを、自分に置き換え、オヨオヨとなっている私でした」。手紙を読みながら、これは子どもたちばかりではなく「大人の教科書」でもあると思った。

 元小学校教諭(65)はこんなメールを寄せた。

 「3年生はかつて『ギャングエイジ』とも言われていた。学校の様子にも慣れて、自分が何でも出来そうな気がする年齢。半面、未熟でうまくいかず、失敗ばかりする年齢でもある。でも、4年生になると自分の長所短所に少しずつ気が付き始めます。そんな時期に出合うのが『ごんぎつね』。読書に目覚めた子どもたちは、学習への構えが違ってきたように思う」

=2016/12/25付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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