道徳の授業(1)自問 ある中堅教諭の模索

道徳授業の研究発表会で、担任する5年生を対象に授業に取り組む石田稔裕教諭=昨年11月
道徳授業の研究発表会で、担任する5年生を対象に授業に取り組む石田稔裕教諭=昨年11月
写真を見る

 道徳教育が始まって60年の節目となる2018年度、これまで教科外の扱いだった道徳が、小学校で正式な教科となり、19年度からは中学校でも教科化される。実施に先立ち先月、小学校の授業で使う教科書の検定結果も公表された。先生たちは、どんなことを考え、子どもたちに道徳を教えているのか。福岡県春日市の市立日の出小学校で、道徳教育の実践・授業研究に取り組む石田稔裕(としひろ)教諭(34)の歩みをたどってみる。

   ◇   ◇

 石田教諭は新任の2006年、福岡県糸島市の小学校で3年生を担任した。毎週1回ある道徳の授業。「まどガラスと魚」という教材での実践が、今も心に残っているという。

 〈友達とキャッチボールをしていた千一郎。投げたボールが民家のガラスを割り、謝らなきゃと思いながら、つい逃げてしまう。「まどガラスをわったのはだれだ?」。窓の張り紙を見る度、心を痛める。やがて千一郎は母に打ち明け、謝罪に向かう。家のおじさんは「正直な子どもの来るのを楽しみに待っていた」と、ボールを返す〉

 「(主人公の千一郎に)なりきってごらん」。石田教諭は、子どもたちにそんな問い掛けを繰り返し、先輩教諭から教わった授業手法「役割演技」(登場人物の役割を児童が演じ、心情を追体験する)も取り入れた。「子どもたちもノリノリで、ハッと気付く瞬間も生まれた」。指導の手応えをつかんだ授業だったという。

 ところが教諭となって3年目。6年生の担任になり、同様の手法で道徳の授業を進めたが、うまくいかなかった。「そんなこと、教えてもらわんでも、分かっとるよ」。思春期に入った高学年児童の表情からは、そんなモヤモヤ感が読み取れ、新たな模索が始まった。

   ◇   ◇

 30代に入り、転機となる教材に出合った。高学年向けの「車いすの少女」。親切や思いやりについて、より多様な視点から考える教材だ。

 〈児童が登校中、病院前で出会う車いすの少女。母親がいつも寄り添っていた。ある日、少女が自分でこぐ練習をしていたとき、道路のくぼみに車輪がはまり、動けなくなった。友達と一緒に駆け寄り、持ち上げようとすると母親が言う。「手伝わないで」〉

 一つの授業改革を試みた。一般的な道徳授業では、教材文を通読し、主人公の視点を中心に心情理解を深め、学習していく。石田教諭は、車いすの少女が動けなくなった状況説明までを教材として提示し、「あなただったらどうしますか?」と問い掛けた。

 「教材文を途中で切るって、道徳の授業ではタブーなんですよ。結末が当たった、当たらないで、クイズ形式に陥ったりするから。でも、私たち教師は、道徳とはこうあるべきだとか、これはしてはいけません、といった発想に縛られすぎていないか。もっといろんな試みがあっていいんじゃないかと」

   ◇   ◇

 道徳の教科化を提言した国の中央教育審議会(文科相の諮問機関)も答申の中で、読み物教材の登場人物の心情理解のみに偏った授業の改善を求めた。学習指導要領解説書は読み物を使う場合、主題となる価値項目を、子どもが自分との関わりの中で考えるような指導を求めている。石田教諭の取り組みは、こうした教育改革の流れにも沿った試みだった。

 「やがて使うことになる道徳の教科書にも、いい話がいっぱい載っているでしょう。でも、教師のレールに沿った指導や、形だけをなぞったりする授業では『いい話やったけど、何やったっちゃろう』になってしまう。子どもたちが腑(ふ)に落ち、心に残り、育まれていく。そんな授業を目指し、私たち教師も勉強している」(石田教諭)

 教諭たちの自問が続いていた。

 ◆道徳の教科化 これまでは副教材「心のノート」「私たちの道徳」や各地の独自教材を使い、教科外の「領域」として道徳授業は実施されていたが、国の検定教科書を使って授業は進められ、通知表で記述評価される。年間授業数は、小中学校とも今と同じ35こま(毎週1回)。いじめ問題の深刻化が背景にあり、「公平、公正、社会正義」を小学1年から学ぶ。新学習指導要領では、旧来型の「教材を読む道徳」から、児童生徒の話し合いや討論を重視する「考える道徳」への転換を求めている。

=2017/04/02付 西日本新聞朝刊(教育面)=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]