道徳の授業(3)新教科書 いじめ防止につながるか

遠足のグループ分けで仲間はずれが出る場面を演じて、どんな気持ちになったかなどを尋ねている日本文教出版4年生の道徳教科書
遠足のグループ分けで仲間はずれが出る場面を演じて、どんな気持ちになったかなどを尋ねている日本文教出版4年生の道徳教科書
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 戦後教育で初めて教科に格上げされる道徳。先月24日、来年度から小学校で使用される教科書の検定結果が公表され、申請した8社の24点(66冊)が合格した。文部科学省が教科化の理由の一つに挙げる「いじめ」の問題を全点が取り上げたが、道徳を教科にすることが、いじめ防止につながるのだろうか。

 「いじりといじめとは、どこが違うのかな」

 日本文教出版の4年生用教科書は、授業で間違った答えを言った男の子をほかの子どもたちが笑った場面を取り上げた。

 「今の、笑っていいのかな」「だって、おもしろかったんだもん」「おもしろかったら、笑っていいの」「(本人は)気にしてないよ」

 子どもたちのやりとりは結論に至らず終了。その上で教科書は、何が問題なのかグループで話し合ったり、いじりといじめの違いについて自分の考えを書いたりするよう求めている。

 この教科書には、遠足のグループ分けで仲間はずれの子が出る場面を、子どもたちに役を交代しながら演じさせ、どのような気持ちになったかを考えさせる記述もある。

 こうした役割演技の授業手法も取り入れた「体験型」の教材が多いのが新教科書の特徴だ。文科省は従来の読み物中心から「考え、議論する道徳」への転換をうたっており、その流れに沿った作りになっている。

 道徳の教科化については「国による価値観の押し付け」との批判が根強いが、文科省教育課程課の合田哲雄課長は「押し付けとは対極だ」と反論する。「いじめを見たら傍観者にならないことが大事。一方で友達をとことん信用することも大事。一見衝突する価値について考え、議論するからだ」という。

 これに対して、教育評論家の「尾木ママ」こと尾木直樹さんは「道徳教育をどんなに強化しても、いじめの克服には役立たない」と強調する。

 尾木さんは、道徳を教科化するきっかけとなった2011年の大津市での中2男子いじめ自殺事件で、第三者調査委員会の委員を務めた。

 「いじめがいけないことだと分かっていない子どもは一人もいない」というのが尾木さんの持論。なぜいじめがいけないかを尋ねたり、議論したりすることにあまり意味はないという。

 「いけないことだと分かっているのにいじめてしまう心理や、格差や子どもの貧困といった社会的な背景を考えることが重要で、いじめ問題を道徳に封じ込めたら駄目」と言い切る。

 また、教科化に伴い、教諭は子どもたちを「評価」することになる。「道徳という心の内面を評価できるのか」といった声に対して、合田課長は「○か×かではなく、子どもたちがいかに自分のこととして考えているかを先生には見てほしい」と言う。

 ただ、尾木さんは、高い「評価」を得ようと「いい子」を演じようとする子どもたちがこれまで以上に増えることを懸念する。

 「いい子を演じる子の中には、自己嫌悪に陥って苦しむ子も多い。文科省は全く現場を知らず、大津の事件を教科化の理由に挙げることに強い怒りを覚えます」

 パン屋→和菓子屋、アスレチック→和楽器

 教科書検定審議会は今回の検定で、学習指導要領が求める「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」に関する記述がないとして、複数の教科書に意見を付け、教科書会社による修正後に合格と認めた。

 東京書籍の1年生用は、パン屋に関する記述を和菓子屋に変更。「わがしのことを、もっとしりたいとおもいました」などと書き加えた。

 この変更には「パン屋を否定するのか」「パンは伝統文化ではないのか」といった抗議が文部科学省に20件以上あった。

 文科省の担当者は「検定意見はあくまで教科書全体に対してで、パン屋が駄目だとは言っていない。どこを直すかは教科書会社の判断で、日本で生まれたあんパンに関する記述に直す方法だってあったはずだ」。これに対し、元教諭の一人は「パン屋は小学生が就きたい職業アンケートで毎回上位。子どもたちの感覚から離れた修正にはあきれるばかりだ」と話す。

 学研教育みらいの1年生では、アスレチックで遊ぶ子どもたちの写真や説明文を、琴や三味線といった和楽器の写真に差し替えて合格した例もあった。

=2017/04/16付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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