道徳を学ぶということは 記者コラム

 〈社会生活の秩序を保つために、一人ひとりが守るべき、行為の基準〉。手元の辞書にはそう書かれている。でも、道徳を学ぶってどういうこと? 教科化を前に、道徳の授業について取材した記者3人が考えた。

 現実捉え直す学びに

 道徳で何を習っているの? 小学4年の長男に聞いてみた。しばらく考え、返事があった。「重い荷物を運ぶお年寄りの話」だそうだ。

 簡単に言えば、子どもが手伝おうと申し出たが、リハビリ中だったため断られたというストーリーだという。「実際に見たらどうする?」と私。「分からん。そんなお年寄りに会ったことない」と長男。何だか話がふわっとしている。

 私が道徳の授業で強烈に覚えているのは、支配者が制度として生み出した「部落差別」の問題と、多くの被害者を出した公害「水俣病」の二つだ。

 差別問題はともかく、私が生まれ育った徳島県の小学校で、なぜ水俣病を熱心に取り上げたのかは分からない。当時はその先生をあまり尊敬していなかったが、四半世紀後にも授業内容を記憶している点で敬服する。新聞記者となり、理不尽な社会制度を正したいと思うのも、もしかしたら授業の影響があるのかもしれない。

 なぜ強く記憶しているのか。一つには、自分の足元から延びたその先にある、現実の問題を扱っていたからだと思う。学級内の問題を取り上げ、改善するための授業をする先生も少なくなかった。教科書の中の物語を疑似体験するだけでなく、現実の自らに関係することとして捉え直す。そんな工夫に期待したい。
(四宮淳平、36歳)

 考えさせられた言葉

 道徳の教科化の取材を通して、自分自身考えさせられた言葉をいくつか紹介したい。

 「道徳が教科なのは世界で9カ国だけ」(「尾木ママ」こと教育評論家の尾木直樹さん)

 尾木さんによると、イギリスも教科にしている国の一つだが、「市民の権利とは何か」といった、日本の公民に近い内容という。日本のように「国や郷土を愛する態度」などの徳目を教科として教える国はほとんどない。尾木さんは「日本は世界の笑いものよ」と怒っている。

 「テレビ番組を見ておしまいという道徳の授業もあるのが現状だ」(文部科学省の官僚)

 道徳を教科にする理由の一つに、国は授業の形骸化を挙げる。子どもたちが自分のこととして「考え、議論する道徳」をきっちりとやってほしいという。教科化はさておき、手抜きともとれる授業の改善は必要だ。

 「去年、道徳の本を使ったのは1回だけ」(小学生の息子)

 振り返れば、自分も小学生の頃は似たようなものだったが、保護者としてはさすがに気になって、学校に事情を尋ねた。年間35こま(1こま45分)のうち、国語や算数、学校行事など道徳以外に10こま使ったという。ぎゅうぎゅう詰めのカリキュラムの「調整弁」に道徳の時間がなっている実態が浮かび上がる。教科化して時間割のやりくりができるのか、疑問は広がるばかりだ。
(伊東秀純、44歳)

 先生の涙から教わる

 日本の学校で道徳教育が始まったのは1958(昭和33)年。岩戸景気に沸き、東京タワーが年末に完成した。その年に生まれた私に、当時は高校教員だった父は「倫之(みちゆき)」と名付けた。道徳にちなんで。だから、名前の漢字を尋ねられると「倫理社会の『倫』」と答える。名前負けも甚だしいのだが。

 私は小中学校でどう道徳を学んだのだろう? 関西地方で通っていた小中一貫校でのある場面が浮かんだ。

 中学1年の担任は家庭科担当の女性教員で、大学を卒業したばかり。まじめで一生懸命、叱るときには顔を真っ赤にした。悪ガキの私たちは、先生が困るようなことばかりして、授業を妨害した。好きな女の子にわざと嫌がらせをするように。今で言う「学級崩壊」に近かったと思う。私たちはその張本人だったが、あるときから変わった。

 昼休み掃除の時間。ホームルームだった家庭科室の一角には教員部屋があった。たまたま近くで掃除をしていたら、ドアが少し開いていて、ふと見ると先生は泣いていた。

 「先生、泣いとったで」。そんなことを級友に伝え、私たちの態度も変わった。

 道徳授業を取材しながら、痛恨の「ごめんなさい」を思い返した。授業も大切だが、授業外のそんな先生の姿の中に、消えることのない道徳の学びもある。
(佐藤倫之、59歳)

 ◆読者から

 昨年3月に退職した元小学校教員の男性(59)からはこんなメールが届いた。

 子どもに寄り添う

 「教材文の葛藤場面を取り出し、その時の登場人物の心の中を想像する。人間の弱さに着目し、弱さに負けて行動すると『相手にもよく思われない』『自分の心もすっきりしない』」

 そんな道徳授業に取り組んだという。

 だが「子どもたちも『教師が望んでいるような、教師が喜ぶような発言、反応』をするようになり、本音を引き出すことが難しかった」と打ち明けた。

 「教師が子どもの心に寄り添うこと、子どもたちから信頼されるようになることが大切。普段の学級経営の姿勢が大事」。でも、多くの教員が口にする「寄り添う」って何だろう?

=2017/04/30付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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