学び合い(3)波紋 実は生徒の側に不満も

東光中の職員室前には学級別の遅刻者数が張り出されていた。2012年度に年間9日だった「遅刻者ゼロの日」が17年度は110日を突破した
東光中の職員室前には学級別の遅刻者数が張り出されていた。2012年度に年間9日だった「遅刻者ゼロの日」が17年度は110日を突破した
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教えるだけじゃ不公平

 旧来型の一斉授業を見直し、生徒同士の「学び合い」を重視する授業に、東光中(福岡市博多区)は2013年度から取り組む。学校秩序も回復し、平均点もアップするなど、効果も目に見える形で表れ始めた。ただ、受け止め方が異なる生徒や保護者もいる。

 「人に教えてもいいけれど、もっと自ら学ぶ時間がほしい」。成績上位のある生徒は、保護者にそう話したという。

 授業中は教えるばかり。本当はその時間で別の問題を解いてみたい。先生が「他の子に教えてあげて」と言うから、渋々やってはいるけれど…。

 平均的な学力の生徒からは、別の本音も聞こえた。

 「教えることも、教えられもせず、配布されたプリントを淡々と解くだけ。単なる自習のような状態になる場合もある」

 必ずしもみんなが学び合いの学習方法を手放しで評価している訳でもなかった。学力の底上げにつながってはいるが、役割が固定化されがちで、とりわけ学力上位、中間層の生徒には不満もくすぶっていた。

   ◇   ◇

 逆に、教える側になることが多い生徒でも、学び合いを評価する声もあった。

 3年の瀧川あかりさん(15)は、数学の1次、2次関数でつまずいたことがあった。でも、友人のかみ砕いた説明で理解が得られた。「あれがなかったら諦めていた」。つまずきを知るからこそ、友人に教えたいという気持ちがあるのだという。

 3年の中野晃輔さん(15)は「教えて『めっちゃ分かりやすい』と言われるとうれしい。学習のモチベーション維持につながっている」。「あっ、分かった」の瞬間は容易には訪れない。だから相手の側にも立ち、粘り強く。実社会にも通じるコミュニケーション力の育成にもつながっているようだった。

 授業での学び合いは、休み時間や放課後だけでは交わらなかった交友関係も広げる。13年度末に9人いた不登校の生徒は、14年度末に5人、15年度末には2人と減少し、16年度末はゼロになった。

 同校では、学び合いの学習基盤づくりが、不登校の解消にもつながったと考えている。学力ばかりではなく、さまざまな技能を習得する機会にもなっているようだった。

   ◇   ◇

 東光中で学び合いの授業を受けた卒業生の一人は、高校で級友に教えを請うと「あなたの方が成績が良くなる」と断られたそうだ。過去に学び合いの学習経験があるのか、ないのかで、随分と考え方が異なるものだ。

 ただ私自身、教えたり、教えられたりすることの重要性は社会に出てから気付いた。誰かに教える行為は相手のためだと思いがちだが、実はそうではない。教えた相手に助けてもらう機会は無数にあるし、自らが動きやすくなる。

 東光中の取り組みは、自ら学習する力を育てようとするものだが、「先生の役割」に一石を投じる格好にもなっている。

 学習指導要領にも登場する「主体的、対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)が流行のようになっていて、「学び合い」もその一環だ。そんな中、生徒が教え合うことを意識するあまり「先生が教えることを放棄していないか」といった声も、保護者からは聞かれた。「指導力格差」を懸念する声もあった。先生の指導や目配りもちゃんとあってもらいたい。

 子どもたちの学び合いは、社会でも必要な「生きる力」を培うことにつながっていくのだろう。長年の一斉授業を塗り替えつつある「先進校」であるがゆえに、なおも模索は続いていた。

 ◆教員の役割 教育基本法は、教育の目的を「人格の完成」「国家・社会の形成者として心身ともに健康な国民の育成」と規定。教員については「自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」と明記している。政府が2013年に閣議決定した教育振興基本計画では、教員の役割について(1)確かな学力を身に付けるための教育内容・方法の充実(2)豊かな心の育成(3)健やかな体の育成-などと規定し、資質能力の向上を求めている。

=2018/03/18付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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