PTA改革(4)会長になって 「やって良かった」

中学校で開かれているPTA運営委員会。ここで組織の方向性について意見が交わされる=4日、福岡市
中学校で開かれているPTA運営委員会。ここで組織の方向性について意見が交わされる=4日、福岡市
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地域との関わりに悩み

 毎年、春になると母親たちのため息が聞こえる。「PTA役員になったらどうしよう」。できることなら避けたい組織。そんな「伏魔殿」のような世界に足を踏み入れることなど想像もしなかった。

 2年前の春、加入していた小学校区の父親でつくる「おやじの会」を通して突然、中学校のPTA副会長を打診された。どんな組織で何をするかの前に、時間に不規則な職業柄、まともに活動できる自信はなかった。いったんは固辞したが、何人にも断られたという相手も必死だ。

 「できるときにできる範囲でいい」。悩み、引き受けることにした。

 男性副会長は定例会などの進行役が主な仕事。よほどのことがない限り次期会長となる「地ならし」のようなポジションだ。それほど苦労は感じなかったが翌年、流されるまま会長となり、現実に直面した。

   ◇   ◇

 新年度最初の委員決め。多くの保護者はまず手を挙げない。結果、「慣例」に従ってくじ引きに。当選者は口々に「仕事が大変」「夫が単身赴任中で」「小さな子どもが…」。何とか定数が埋まり、正副委員長選定でまたくじ引き。断る理由を並べる側も、説得する役員も疲弊し、健全でない状況がそこにはあった。

 PTAとは何なのだろう。約80人の各委員会委員も、7人の役員もほぼ全員が働いていた。シングルマザーも、親の介護を担う女性もいる。「皆さんが無理をせず、言いたいことが言える雰囲気づくりに努めます」。委員総会でそう決意表明した。

 しかし、ささやかな目標は早速つまずく。6~7月に実施する高校見学会や、地域リーダーらとの懇談会の準備は新学期早々に始動する。前例を覆す余裕はなかった。

 企画を担う委員会任せにした結果、連絡、調整、呼び掛けと正副委員長の過重な負担に。「周囲の協力を得られない」「もう限界です」。担当者の悲鳴に手を差し伸べられなかったことを反省した。

 会長業務の多さにも驚いた。入学式、卒業式はもとより、部活動激励会、学校サポーター会議、区や市の会議、校区内小学校との交流、地域行事の数々…。昨年度の参加は85回。勤務をやりくりして何とかしのいだが、こちらも限界に近かった。

 悩んだのが地域との距離感。役員になったのもおやじの会が接点で、バザーなどの学校行事に欠かせない存在だ。地域団体に名を連ねる役員OBらは最大の理解者でもある。一方、地域にとってもPTAの動員力は大きい。地域行事への参加に負担を感じる現役メンバーと、構成員が減る地域団体の思惑にどう折り合いを付けるか、模索が続いた。

   ◇   ◇

 今年2月、福岡市であった会長研修会。親が役員だった大学生が登壇し、PTAのイメージについて「お母さんたちがお酒を飲む場」と笑わせた。確かに定例会の後、酒席をともにする機会はある。もちろん自腹で強制することはない。

 時に地域住民や酒が飲めない先生たちも加わる。自然体の懇談が、まじめな教育相談の場になることは多く、実はあまり酔うことがない。感じるのは、一人一人の子育てに対する真剣な思いだ。そんな姿を身近で見てきた大学生はこう締めくくった。「子どものために一生懸命な親に感謝している」

 前例にほとんど手を付けず、聞き役に徹して終えた会長1年目。批判を覚悟で臨んだ運営委員会の解散式で、多くの委員は意外にも「やって良かった」と語った。

 異業種の交流、学校の裏話、イベントのノウハウなど、日常生活では得ることがなかったであろう情報や人脈が大きな理由だった。さまざまな衝突やトラブルも「人付き合いの勉強になった」と笑い飛ばした。

 会長2年目が始まった。委員選定はまたくじ引き。それでも手を挙げる人はわずかに増えた。「会長、今年もよろしく」。昨年度、初めて活動に加わった顔もあった。

 機会がなければ関わることのなかったPTA。素人ゆえに見えた改善点は多々ある。本年度は少しだけ前のめりになるつもりだ。確かなのは、避けていては何一つ変わらないこと。PTAに「魔物」はいない。(社会部デスク 前田英男)

=2018/06/24付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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