道徳の教科化(1)心のバロメーター 君の気持ちはどこ?

高校生の心とおじさんの心、君たちの心はどこにある? 黒板に記されているのが「心のバロメーター」。井手直生教諭はハート型の紙を動かしながら問い掛けた
高校生の心とおじさんの心、君たちの心はどこにある? 黒板に記されているのが「心のバロメーター」。井手直生教諭はハート型の紙を動かしながら問い掛けた
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「読む」から「考える」へ

 「みんなの心はどっちの気持ちに近いですか。なぜそこなの?」

 佐賀県嬉野市にある市立吉田小学校。5年生を担任する井手直生(なおき)教諭(41)は6月初め、道徳の授業で児童20人にそう問い掛けた。

 教材はこんな物語だった。

 〈祖母に荷物を届けるため、男の子はバスに乗った。途中、車いすの人が乗車してきた。乗車作業中、開会式へと急ぐ高校生グループからは「迷惑だよな」。男の子も時間が気になり、心の中でうなずく。乗車を手伝ったおじさんは、車いすの人から礼を言われ「謝ることなんてありませんよ。当たり前です」〉

 この日の学習テーマは「相手の立場に立った思いやり、親切、助け合い」。男の子は車いすの人を思いやりながらも、祖母の心配も気掛かりで、葛藤する。

 では、君たちが同じ場面に遭遇したら、高校生とおじさんのどちらに共感するか。井手教諭は、配布したプリントにその位置をハートマークで記し、理由を含めてグループで話し合うよう求めた。

 「心のバロメーター(物差し)」と呼ばれる授業手法だ。二者択一ではない。児童たちは悩ましそうだった。一度書いたものの、消しゴムで消して書き直す姿も見られた。

 児童の回答は「おじさん寄り」が多かった。道徳的にはそれが「正解」。その半面、中間点よりやや「高校生寄り」の回答もあった。その分布のばらつきを、井手教諭は前向きに捉えていた。

 「いやー、実はおじさん寄りに固まってしまうんじゃないか、って心配していたんですよ。その場合は『ほんとー』って、揺さぶりを掛けるつもりでした。本音で語り合わないと、道徳の学びにつながらないですからね」

   ◇   ◇

 本年度から教科化された道徳の授業では、旧来の「教材を読む道徳」から「考える道徳」への転換が求められている。

 道徳の授業はこれまで、教材文を読み込み、主に中心人物の心情理解を深め、道徳心を刷り込む手法だった。ただ、児童からは「先生から気持ちばかり聞かれ、授業がつまらない」といった声も少なくない。

 井手教諭はこの日、「自分がこの場に居合わせたらどんな気持ちになり、どう行動するか」を発問の中心にした。もう1人の主人公(児童それぞれ)を設けることで「考える道徳」を目指したのだ。グループ討論では、それぞれの心の位置について、児童はその理由を語り合った。

 「心のバロメーター」を知ったのは、講師から教諭になった28歳。初任者研修で学び、折々に授業で活用しているという。

 「教科書の出来事として捉えるのではなく、よりリアルな人間のこととして考えてもらいたい。どんな人間にも強さと弱さ、プラスとマイナスの感情がある。マイナスを乗り越え、プラスの心に向かってもらいたいですからね」

   ◇   ◇

 「特別の教科」と位置付けられた新たな道徳の授業が、小学校で本年度から始まった。これまでは教科外(領域)の扱いだったが、教科書を使い、通知表の評価も加わる。どんな授業に取り組んでいるのか。

 「心のバロメーター」は、子どもたちが自問し、ポイントの隔たりから、自己・他者理解を深める教材だった。

 日本の小中学校で道徳の授業が始まったのは1958年。還暦を迎えた年に正式な教科へと格上げされた。教材研究の長い歴史があり、この手法も生まれ、井手教諭の実践につながっている。

 井手教諭は、児童たちの授業後の姿にも着目する。「授業での学びを、日々の生活でどう行動につなげているか」という点から見ているそうだ。

 今月は学校行事で1泊2日のキャンプに出掛ける。たぶんいっぱい助け合いの場面が求められる。想定外の場面にも直面する。そのとき、この授業がどう生かされるか。その姿を楽しみにしている。

特別の教科・道徳 新学習指導要領では、道徳を「物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習」と捉え、児童生徒の話し合いを通した課題解決型学習などを求めている。小学校は本年度、中学校は来年度から正式な教科となる。年間35こま(週1回)の授業時間数は変わらない。通知表の評価が加わるが、数値ではなく、心の成長をプラス面から記述式で評価する。大津市で2011年にあった中学2年生のいじめ自殺事件が、教科化の一因にもなり、いじめ問題への対応を重視。小学1年から「公平、公正、社会正義」を学ぶ。

=2018/07/01付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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