道徳の教科化(2)授業研究 「押しつけではなく」

福岡市内であった道徳教育の学習会。参加した教員からは特定の価値観の押し付けを懸念する声もあり、授業のあり方について話し合った
福岡市内であった道徳教育の学習会。参加した教員からは特定の価値観の押し付けを懸念する声もあり、授業のあり方について話し合った
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先生も問われている

 小学校では本年度から国の検定教科書を使い、道徳の授業が進められている。「愛国心」や「郷土愛」を1年生から学習するようになったが、「特定の価値観の押し付けにつながらないか」「子どもたちの内心への過剰介入では」といった懸念の声も根強い。

 福岡県教育会館(福岡市東区)で1日にあった道徳教育の学習会。現役の小中学校教諭ら約50人を前に、元中学教諭の牛田康之さん(62)は、戦前の教育勅語や修身科の歩みも振り返りながら「歴史を学ぶ中で、道徳教育を考えていくことが大事」と呼び掛けた。

 「道徳教育の本来の使命に鑑みれば、特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」

 文科相の諮問機関・中央教育審議会は2014年10月、道徳の教科化に向けてそう答申。教材を読むことが中心だった旧来の「読み物道徳」から、「考え、議論する道徳」への転換を求めた。グローバル化や価値観の多様化が進み、正答が必ずしも一つではなくなった時代に対応したものだった。

 新たな教科書の中では、父や母、子どもという一つの家族像が示され、父母を敬愛することを子どもに求め、学習評価の対象にもなっているという。でも現実には、シングルマザーや虐待、LGBT(性的少数者)など多様な家庭・家族の問題に直面する子どももいる。

   ◇   ◇

 「『家族が大好き』という価値観を、一様に受け入れられない子どもたちもいることを忘れてはならない」

 牛田さんはそう話し、指導解説書に沿った教科書指導で完結するのではなく、補助教材も活用した「オープンエンド(終わりや答えを固定しない)」方式の授業実践などを求めた。道徳の教科書としての是非論より、一つの教材としてどう活用し、補完していったらいいのか、そこが教員の腕の見せどころだと。

 県教育総合研究所長で西南女学院大の新谷恭明教授(教育学)も「態勢ができてしまった以上は、逃げの姿勢から攻めに転じないといけない。前向きに授業を活用して、平和で民主的な社会をつくる教育を進める必要がある」と語った。

 会場からはこんな発言があった。

 男性教諭は「強制ではないが、年間カリキュラムがあり、月ごとの学習内容も決められている。道徳の一環として、これまでは平和授業や人権教育にも取り組んできたが、これからはその時間を確保するのが難しそう」と話した。

 別の男性教諭は「教科書に出てくる登場人物を、児童一人一人に置き換え、自分だったらどう行動するか、考える授業を実践している」。

 手探りが続いていた。

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 道徳の教科化を、福岡県広川町立中広川小の後藤哲也教頭(57)は「授業改革のチャンス」と捉えていた。研究書「小学校における『特別の教科 道徳』の実践」(北大路書房)の執筆者の一人で長年、道徳授業の実践研究を重ねてきた。

 例えば「愛国心」をどう教えるか。サッカー・ワールドカップ(W杯)での「頑張れ日本」、災害時も整列し順番を待つ美徳、伝統的な所作、思いやりの精神…。国を愛そうとするのではなく、国をつくっている私たちに、海外からも高く評価されるどんな誇れるような心があるのか。そこにイデオロギー対立を超えた、目指すべき愛国心の姿があるのではないか。「子どもたちなりに『日本という国についてこう思う』と言えるような、道徳の授業を創造していきたい」と話した。

 道徳の教科化。それは子どもたちばかりではなく、むしろ先生たち自身の内心や道徳観が問われているように思えた。

道徳授業の歴史 1890年に教育勅語が発布され、戦前は小学校の筆頭教科として「修身」が設けられ、道徳教育が強化された。軍国主義との関わりから戦後、修身の授業は停止、教育勅語も廃止された。学習指導要領が改定され、1958年から小中学校で教科外の活動「道徳の時間」が始まった。副教材を使って週1こま、授業があり、主に特別活動や総合学習の一環として取り組まれてきた。小学校では本年度から、中学校は来年度から「特別の教科」となり、国の検定教科書を使って学ぶことになった。

=2018/07/08付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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