【フクシマの教訓】(2)の2 「公表」進言、採用されず パニック恐れ責任回避

左上は原子力研究開発機構の茅野政道氏
左上は原子力研究開発機構の茅野政道氏
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 放射性物質の拡散を予測するシステム・SPEEDIの結果が初めて公表されたのは2011年3月23日夜。震災発生から2週間近くたっていた。それ以降も、原子力研究開発機構の茅野(ちの)政道(57)は、実際の放射能濃度の実測値を使って放出量を逆算する「逆推定」を重ねた。

 原発から30キロ圏を越え、放射性物質の拡散を示す赤い線が北西方向に延びる傾向に変わりなかった。変化がないということも、23日以降もなお北西地域に残る住民にとって有益な情報ではないか。茅野は原子力安全委員会の委員に進言した。「もう少し頻繁に公表したらどうでしょう」

 しかし-。「公表すること自体、皆さん抵抗があるんですね」と、茅野は振り返る。「もちろん(推計なのだから)不確実性もある。地図上、ここは安全、ここは危険とくっきりと出てしまうし、住民が見たときの印象を測りかねているんじゃないか、と」

 進言は採用されなかった。2回目の予測公表は4月11日。翌日、茅野は茨城県東海村の職場に戻った。原発から北西方向にある福島県飯舘村の全村避難が正式に決まったのは、最初の予測公表から1カ月後だった。

 エリートパニック-。災害社会学の分野で語られる考え方だ。

 非常時、官僚らエリートは市民がパニックになるのを恐れて情報発信を制限するが、自らがパニックに陥って判断を誤る-。今年3月、福井市で開かれた日本原子力学会・春の年会では、今回の福島事故に当てはめた分析が発表された。

 首相補佐官だった細野豪志も、当初のSPEEDI予測の非公表について「パニックを恐れたため」と、官僚の言い分を代弁している。

 前例踏襲を重んじる官僚組織はリスクを嫌う。予測の「不確実性」を理由に、住民のために有効活用する発想を最後までしなかった。地域住民に対し、北西方向には逃げるな、の注意喚起だけでもよかったのに-。

 文科省と原子力安全委の間ではSPEEDIの扱いをめぐり責任の押しつけ合いまでみられた。

民間の独立検証委員会(民間事故調)は「責任回避を念頭に置いた組織防衛」と断じた。

 SPEEDIの研究開発費は120億円以上。活用できなければ「住民の『安心』を買うための『見せ玉』」(民間事故調)に終わる。

 今年1月、原子力防災指針の改定を検討する原子力安全委の作業部会は、「予測は不確実」として重大事故時にはSPEEDIに頼らない方針を打ち出した。委員長の班目(まだらめ)春樹は「SPEEDIが生きていたらうまく避難できたというのは誤解」と話す。緊急時にどう活用するか。具体的な議論は新たな原子力規制組織に委ねられる。

 茅野自身、SPEEDI万能論者ではない。ただ、「不確実だから無用」と言わんばかりの議論には違和感がある。数ある「道具」の一つとして柔軟に使いこなせれば、国民が欲する情報をいち早く発信できるはずだ。

 「原子力ムラの端っこの一人」と自認する茅野は懸念する。「原子力の世界は特殊。原子力分野以外の人たちの意見を聴かないと、(3・11)以前と代わり映えしない結果になりはしないか」
(敬称略)

=2012/06/13付 西日本新聞朝刊=

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