原発のゆくえ 岐路に立つ米国(上)の1 監視 自分たちの手で

スリーマイルアイランド原発前で、廃炉になる2号機を指し示すエプスタインさん
スリーマイルアイランド原発前で、廃炉になる2号機を指し示すエプスタインさん
写真を見る
自宅の地下室で、スリーマイルアイランド原発から放出される放射性物質の測定値を説明するエプスタインさん
自宅の地下室で、スリーマイルアイランド原発から放出される放射性物質の測定値を説明するエプスタインさん
写真を見る
写真を見る

 米東部ペンシルベニア州の州都ハリスバーグ郊外。国際空港を横目に車を走らせるとすぐ、鼓形の巨大な建造物が見えてくる。33年前、大事故を起こしたスリーマイルアイランド(TMI)原発だ。二つの原子炉のうち、事故を起こした2号機は廃炉が決まり、今も作業が続く。1号機は稼働中。トウモロコシ畑や住宅から川を挟んだ目と鼻の先で、くすんだ灰色のコンクリート製の冷却塔が白い蒸気をもくもくと吐き出していた。

   □    □   

 TMI原発から東に40キロにある原発監視のNPO「TMIアラート」のエリック・エプスタイン代表の自宅。家族写真が数多く飾られたリビングを下りた地下室に、原発から半径50マイル(約80キロ)内に設置した約30個の装置から、放射線量の測定値がリアルタイムで届く。

 「自分たちの手で安全を確認することに意味があるんだ」

 エプスタインさんは胸を張った。

 1977年、団体は2号機の建設反対を訴え、ボランティア数人で発足した。「原発事故が起きるのは隕石(いんせき)の衝突くらいの確率」-。地域ではそう語られ、反対集会を繰り返す団体は「変わり者として扱われた」とエプスタインさんは明かす。

 79年3月28日、営業運転を始めてまだ3カ月の2号機が事故を起こすと状況は一変。反原発団体が新たに六つ発足し、TMIアラートの会員も数千人まで膨らんだ。

   □    □   

 事故後停止していた1号機は85年、営業運転を再開する。米国で原発の再稼働の是非を決めるのは、大統領が指名する5人の専門家でつくる独立機関、原子力規制委員会(NRC)だ。州政府や立地自治体は関与できない。NRCは監視体制の強化などを評価した。

 地元では反発が広がったが、その熱気は徐々に冷めていく。そんな中、TMIアラートは事故の補償に関する訴訟で電力会社から支払われた和解金を元手に、92年から放射線量の測定を始めた。

 事故直後、政府や電力会社は、飛散した放射性物質は微々たる量で人体に影響なかった、と結論付けた。エプスタインさんには「信じられなかった」。モニターで得た情報はウェブサイトなどを通じて無料で発信する。

   □    □   

 事故当日の朝。TMI原発の運転員だったトム・コーフマンさん(60)は出勤途中、冷却塔から出る蒸気の量が普段より少ないことに気付いた。発電所内の制御室では異常を知らせる警報音が鳴り響いていた。

 機器の故障や運転員の誤作動で冷却水が失われた2号機は原子炉の温度が急上昇。炉心を冷却する装置が回復するのに15時間を要した。「焦りはあったが恐怖はなかった。半日ほどでクライマックスは過ぎたと聞かされていたから」と、コーフマンさんは振り返る。

 だが実際には、炉心溶融(メルトダウン)で原子炉容器に亀裂が入り、放射性物質が大量にまき散らされる寸前だった。NRCが事故から10年後、1号機の再稼働から4年後となる89年、ようやく突き止めた。

 「電力会社側は事態を過小評価していた。情報はうのみにしてはいけないということだ」

 エプスタインさんは、そう力を込めた。

   ※    ※

 世界最多の原発を保有し、大事故を経験した米国は今年、凍結していた原発新設を34年ぶりに認可した。米国のエネルギー政策は、日米協調を基軸とし、原発再稼働に前向きな日本の安倍晋三新政権、そして原発を抱える九州にどんなことを示唆しているのか-。米国で取材した。

=2012/12/21付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]