<42>圧巻のカジノ場面【マルドゥック・スクランブル】

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 冲方丁と言えば、本屋大賞受賞のミリオンセラー『天地明察』以来、世間的にはすっかり時代小説の人ですが、もともとは角川スニーカー大賞の出身。とはいえライトノベルの枠にうまく収まらず、苦労していた頃に放った起死回生のホームランが、2003年の『マルドゥック・スクランブル』全3巻。森岡浩之『星界の紋章』と同じく、ハヤカワ文庫JAから書き下ろしで3カ月連続刊行され、たちまち人気が沸騰した。

 主役は、禁断の科学技術を使用した(一種の)サイボーグ化手術により死の淵(ふち)から甦(よみがえ)った少女娼婦バロットと、てのひらサイズのネズミ型万能兵器ウフコック。娯楽産業大手オクトーバー社のカジノ業務を統括する大物シェルを向こうに回し、美少女とネズミがタッグを組む。

 この思いきりアニメ的な設定に小説的な説得力を持たせる技術がすばらしい。現代SFの最先端に置いても違和感がないほど細部をつくりこんだうえで、物語の基本構造には古典的な対決ものの枠組みを採用。SFになじみがなくても、痛快娯楽活劇として十二分に楽しめる。背景を説明しすぎず読者の想像に委ねる書き方も見事。

 圧巻は、文庫本1冊分の量を誇る後半のカジノ場面。「一万ドルのチップに隠されたデータを回収するため」なんて無理やりな理由をつけて2巻目の途中で始まったギャンブルが、3巻に入ってもえんえん続く。小説のバランスを破壊してまで徹底的に描き倒すブラックジャックの死闘は、賭博小説ファン必読。しかも、そのスリリングな駆け引きがSF設定ときっちり結びついて、見たことのないヴィジョンを見せてくれる。

 冲方丁はこの作品でSF作家として一気にブレイクし、同書は翌年の日本SF大賞を受賞した。現行版は、加筆修正を施して11年に出た『マルドゥック・スクランブル 完全版』全3巻(1巻本の単行本『改訂新版』もある)。11年に全3作で劇場アニメ化。ほかに、前日譚(たん)にあたる『マルドゥック・ヴェロシティ』全3巻と、短編集『マルドゥック・フラグメンツ』が出ている。

(書評家、翻訳家)

=2015/08/04付 西日本新聞朝刊=

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