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福博の文化に貢献 3団体1個人に 博多町人文化勲章

ユネスコ特別巡行の山笠の棟梁も務めた名越正志さん
ユネスコ特別巡行の山笠の棟梁も務めた名越正志さん
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今年の博多松囃子・恵比須流代表を務めた國松良康さん
今年の博多松囃子・恵比須流代表を務めた國松良康さん
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「三十三羽鶴」を披露する今年の新天町どんたく隊
「三十三羽鶴」を披露する今年の新天町どんたく隊
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1期生の和田康素子さん(右から3人目)と現在のメンバーたち
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 博多町人文化連盟(西島雅幸理事長)が19日に発表した、今年の博多町人文化勲章。受章した3団体1個人は長年、福博の伝統文化や街の発展に貢献した。その業績と喜びの声を紹介する。

 博多祇園山笠の山大工、名越正志さん(70)=福岡市博多区=は40年前から山笠作りに携わる。山笠台を組み上げ、棒締めなどくぎを1本も使わずに縄で締め付ける山笠の技を伝承。その腕を見込まれて東流(ながれ)や櫛田神社など五つで棟梁(とうりょう)を務める。能楽の経験を生かし、博多松囃子(ばやし)の稚児流で担う舞姫の指導歴は30年余り。今年も年明けから4カ月ほど週3回の稽古を1日も休まず続けた。

 國松石材(同区)は江戸時代の1717年創業と伝わる老舗。現社長の國松良康さん(66)まで11代にわたり多くの石造建築を作った。太宰府天満宮の御神橋改修、承天(じょうてん)寺の御饅頭所(おんまんじゅうどころ)碑などを担当。3月に300年記念式典を開き、地元10団体に計300万円を贈呈した。國松さんは今年の博多松囃子・恵比須流の代表を務めた。

 新天町商店街(中央区)の商店主らでつくる新天町どんたく隊は、戦後本格的に復活した博多どんたくに1947年から参加。花笠、晴れ着を着た通りもんが戦災に見舞われた市民を喜ばせた。85年には江戸時代、名物の一つだった「三十三羽鶴」を復活させた。鶴のかさをかぶった女性たちは今も人気で、受章は33年目の節目に花を添えた。

 RKBラジオ(早良区)の「スナッピー」は1975年に誕生。移動中継車からさまざまなイベントを体当たりリポートする。現在は女性5人が所属。2005年の福岡沖地震では福岡ドーム(当時)から被災の状況をいち早く報道したほか、福博の祭りを現場から中継した。

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 博多町人文化勲章の授章式に当たる「もらって頂(いただ)く会」は6月9日午後6時半から、中央区天神の天神スカイホールで行われる。

 ●伝統継承に力入れる

 名越正志さん もらっていいのかというのが本音。流や家族に感謝したい。くぎを1本も使わない山笠作りの技術が評価されて山笠は国重要無形民俗文化財となった。山大工を長年やってきたことを誇りに思う。稚児流の指導では座る所作もできなかった舞姫が日々成長し、見違えるようになる。教えがいがある。今後は後継者育成が大事だ。行政とも連携しながら伝統の継承に力を入れたい。

 ●2代の名誉を励みに

 國松石材社長の國松良康さん 10代目の父に口伝で初代からの業績を聞かされて育った。まじめに仕事をしてきた先祖も今回の受章を喜んでいるのではないか。父は博多の旧町名記念碑の建立にあたり、用地の確保に尽力したことを評価され、町人文化勲章をいただいた。親子2代での名誉に感謝している。進化し続けるということを念頭に未来に向かってしっかりとした企業を目指したい。

 ●市民との約束果たす

 新天町どんたく隊を出す新天町商店街公社総務部長の柴田嘉和さん(70) 32年前の「三十三羽鶴」の復活には商店街の宣伝部員として携わった。「博多の祭りの復興」は、戦後間もなくに新天町が誕生した当初から市民との約束だったので、長年の取り組みが高く評価されてうれしい。どんたく隊はお客さんに喜ばれるだけでなく、地域の団結を促す重要行事。しっかりと次の世代に伝えたい。

 ●先輩がつないだ功績

 「スナッピー」キャスタードライバーの吉野千緩さん(26) 先輩たちが40年以上つないできた功績が認められて光栄。取材中にトラックの運転手さんに手を振られたり、街の人に声をかけられたりすると、先輩たちが長年築いてきた歴史の重みを実感する。これからもスナッピーが50年、60年、70年…と続いていくよう自分たちもしっかり現場リポートに取り組みたい。


=2017/05/20付 西日本新聞朝刊=

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