大先生にささぐ 山笠人形 中洲流制作の溝口さん 博多で追い山 代表作「喝」モチーフに

自ら制作した「一喝百雷如」の前で、出陣を待つ人形師の溝口堂央さん
自ら制作した「一喝百雷如」の前で、出陣を待つ人形師の溝口堂央さん
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廻り止めで「山笠はエキサイティング」と話すモリッシュさん(右から2人目)と新開盛弘さん(同3人目)
廻り止めで「山笠はエキサイティング」と話すモリッシュさん(右から2人目)と新開盛弘さん(同3人目)
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必死の形相で舁き棒を担ぐ土居流の人形師、中村弘峰さん(手前中央)
必死の形相で舁き棒を担ぐ土居流の人形師、中村弘峰さん(手前中央)
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桟敷席から見つめる西川直樹さん
桟敷席から見つめる西川直樹さん
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 15日朝に追い山を無事終えた博多祇園山笠で、博多人形師の溝口堂央(とうよう)さん(47)=筑紫野市=は、福岡市博多区中洲で台から降ろされる自ら制作した山笠人形を万感の思いで見つめた。中洲流(ながれ)は名誉の一番山笠。「感無量。大(おお)先生の素晴らしい作品のおかげです」。国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録記念イベントで、福岡の街を特別巡行した舁(か)き山笠でも人形師を務めた。年明けから続いた激動の日々をかみしめた。

 中洲流の標題は「一喝(いっかつ)百雷如(ひゃくらいのごとし)」。師匠である中村信喬さんの父で、「大先生」と呼ぶ衍涯(えんがい)氏(故人、県無形文化財保持者)の代表作「喝」を、時を超え、山笠人形にしたものだ。中国禅宗の祖・菩提達磨(ぼだいだるま)の気迫に満ちた姿。「大先生に少しでも近づこうと思った。プレッシャーはすごかったし、試されているような感じでした」

 制作を始めたのは、高さ約7メートルと通常の倍近い巨大な須佐之男命(すさのおのみこと)の山笠を作り上げ、ユネスコ特別巡行が終わった直後。祭り開幕まで残り1カ月半に迫った5月中旬だった。衍涯氏の「喝」の型から作られた人形を身近に置き、制作に励んだ。衍涯氏の代表作に恥じない作品にするため「精神的にきつかった」。それでも信喬さんの厳しい指導を糧に、流の人々が満足する人形に仕上げた。「一喝」を強調するため口は大きめに、インド人の達磨らしく彫りも深くした。工夫を凝らした。

 体は杉壁いっぱいと巨大さはひときわ目立った。ひとたび博多の街を走ると、我欲に走る人間を一喝して回っているようだった。祭りが終わり、中洲流の井上貴博総務(55)は溝口さんに握手を求めた。「重圧をよくはねのけてくれた」。手に力がこもった。

 衍涯氏は、子どもの頃から1人で生きていけるように厳しく育てられ、所属した旧日本軍の部隊では、隊員がほぼ全滅したシベリア抑留でも生き抜いた。「大先生の人としての強さに改めて気付いた。自分はまだまだ遠く及ばないです」。溝口さんは偉大な人形師の作風に触れ、また前へと進んだ。

 ●山笠「エキサイティング」 豪の留学生 モリッシュさん初参加 土居流

 五番山笠・土居流で、初めて山笠に参加した西南学院高のオーストラリアからの留学生マシュー・モリッシュさん(18)は「疲れたけど、楽しかった。いい感じにエキサイティング」と興奮気味に話した。

 1月に来日し、博多区内でホームステイ中。歓迎パーティーでもらったカレンダーに載っていた「追い山」の写真が、楽しそうに見えて「どうしても出たくなった」とモリッシュさん。たまたまホストファミリーが土居流の中土居町
の相談役新開盛弘さん(74)と知り合いで念願かなった。

 締め込みには「ちょっとタイト(きゅうくつ)」と閉口しながらも、お尻を出したスタイルには「日本の文化は大好き。みんな同じだから恥ずかしくない」とにっこり。

 ●山のぼせ音楽家 深澤さんも疾走 九響の音楽主幹

 六番山笠・大黒流の一員として「廻(まわ)り止め」まで駆け抜けた九州交響楽団の音楽主幹、深澤功さん(57)=福岡市中央区=は、山笠歴20年を超える“山のぼせ音楽家”だ。

 「山笠は舁き手の心が一つになるハーモニー」が持論。元首席コントラバス奏者で、得意ポジションの見送り(後方)台下に「低音から演奏全体を支えるところがコントラバスに似ている」とこだわりを見せる。

 この日、ゴールした深澤さんの水法被は汗と勢い水でびっしょり。それでも「全力を出した演奏会を終えた時のような達成感」とすがすがしい笑顔を見せた。

 ●31歳人形師2人 充実と飛躍誓う 土居流、西流

 今年デビューした舁(か)き山笠の人形師3人のうち、2人は31歳と同年齢で同じ「中村人形」の所属。土居流(ながれ)の中村弘峰さんは追い山・櫛田入りで表の棒鼻に付き、自ら作った人形を舁いた。西流の西川直樹さんは桟敷席から人形を見届けた後、山笠の人形や飾りを外す「山解き」に汗を流した。

 弘峰さんは中村信喬さん(61)の長男。土居流は舁き棒のポジションを町が抽選で決める。先頭に当たる棒鼻は花形で父も務めた。「町の粋な計らいとなり、感謝したい」と疲れの中にも充実感を漂わせた。

 西川さんは入門から6年での抜てきだった。「人形作りをもっともっと勉強しないといけない。一生懸命やるだけです」と飛躍を誓った。


=2017/07/16付 西日本新聞朝刊=

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