「博多人形」源流の窯跡 冷泉町で出土 江戸後期-明治期の6基

博多遺跡群から出土した「博多人形」の窯跡=26日午後、福岡市博多区
博多遺跡群から出土した「博多人形」の窯跡=26日午後、福岡市博多区
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近くの穴から見つかった素焼きの土人形など
近くの穴から見つかった素焼きの土人形など
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 福岡市は26日、博多区冷泉町の博多遺跡群の発掘調査で、江戸後期~明治初期に「博多人形」の源流である素焼(すやき)人形を焼いていたとみられる窯跡6基が初めて出土したと発表した。周辺からは素焼きの土人形や人形の型、窯で用いる道具も多数見つかり、市埋蔵文化財課は「博多人形の技術的な発展プロセスを確認でき、貴重な資料」としている。

 発掘調査は6月から、博多人形の源流をつくったとされる中ノ子(なかのこ)家の家屋兼工房がかつてあった敷地で行われた。

 地表から約1メートル下で見つかった窯跡6基はそれぞれ、長さが2・3~2・4メートル、幅が1・3~1・5メートル。「空吹窯(そらふきがま)」と呼ばれる円筒形の窯のうち、まきなど燃料を燃やす「燃焼部」と燃料を差し入れる「焚口(たきぐち)」の基底部が残っていた。床面が傾斜しており、人形などを入れる窯の上部「焼成部」に炎を効率よく送り込めるよう工夫されていた。

 また、周辺の穴から見つかった土人形などは薄くてムラがない形状で、当時の人形師たちの高い技術力がうかがわれるという。博多人形を研究している太宰府市教育委員会文化財課の山村信榮調査係長は「需要に応じてさまざまな製品を焼く多機能な窯だったことが分かる」と評価した。

 福岡市は29日午前10時~正午、現地(冷泉町2の8)で説明会を開く。


=2017/07/27付 西日本新聞朝刊=

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