学舎(上) 古里への誇り育む 宮崎・五ケ瀬町

東京の商店街で町のPR活動をする中学生たち(宮崎県五ケ瀬町教育委員会提供)
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雲海酒造五ケ瀬蔵の見学で熱心にメモを取る児童たち=2016年11月25日、宮崎県五ケ瀬町
雲海酒造五ケ瀬蔵の見学で熱心にメモを取る児童たち=2016年11月25日、宮崎県五ケ瀬町
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坂本誠氏
坂本誠氏
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 少子高齢化、人口減という厳しい環境下で、地域社会が活力を保ちながら次世代に引き継がれていくために私たちは何をなすべきだろうか。学校に関わる動きは、重要な一要素となるだろう。児童・生徒数の減少を受けた学校存続への知恵、地元の魅力を子どもたちに学んでもらう取り組みなどを通じて、地域の中での学校、教育の意味を考える。「学舎(まなびや)」をキーワードに、各地の事例を3回にわたり報告する。1回目は地域の良さに気づき、学ぶ機会を提供する宮崎県五ケ瀬町の取り組みを探る。

 ◆住民が講師、体験学習も充実

 「ここは、そば焼酎の日本発祥の地です」。説明に目を丸くする子どもたち。工場で働く友達の父親の姿を見つけたグループは歓声を上げた。宮崎県五ケ瀬町の雲海酒造五ケ瀬蔵に11月下旬、町内4小学校の3年生約30人が訪れ、焼酎の製造工程を見学した。「今の説明はメモするところですよ」。引率の先生の声が飛ぶ。子どもたちは持参した用紙に、細かな字をびっしりと書き込んでいった。

 少人数を逆手に取り

 五ケ瀬町には小学校4校、中学校1校があり、児童・生徒は計265人。小学校のうち3校は複式学級もある小規模校だ。だが町教育委員会は、小学校を統廃合する道を選んでいない。「少人数だから手厚い教育ができる」と逆の発想をし、「五ケ瀬で生まれ、育ち、生き、五ケ瀬を創造するひとづくり」をテーマにした五ケ瀬教育ビジョンを2007年に掲げた。校長や教頭に、臨時、非常勤講師も加えると、「教員1人当たりで6人の児童を見られる」と町教委指導主事の渡木秀明さん(45)。体育や音楽、総合的な学習の時間など、効果的な人数での学び合いが必要な授業は4校合同にして補う。町名から名付けたG授業だ。授業のために各校の先生たちが月2回集まり、どんな授業を組み立てるか熱く討議する。

 同ビジョンは、「地域があって、子どもがいて学校がある」と地域を中心に据えている。地元を知り、学び、貢献するプログラム「豊かな体験活動」が、小中の9年間を通して組まれている。例えば小1では地元の自然、季節を知るために梅干し、干し柿を作る。校庭の渋柿の実がまだ青い時期から観察し、秋に収穫すると、地域のお年寄りを講師に招いて一緒に皮をむいて干し柿にする。渋柿を食べてみるのも忘れない。農作業をしたり、企業訪問をしたりと内容は年々と進化。小5では五ケ瀬の良さを調べる。そして小6の修学旅行で隣県の大学に出向き、調査した内容を学生相手にPRする。小6から中2にかけては、駒打ち作業から育てたシイタケを加工する。中2の東京への修学旅行で、ほかの特産品と一緒に販売したり、郷土芸能を披露したりする。生徒たちはあらかじめ調べていたアクセス方法で、先生の手を借りずに羽田空港から東京都板橋区の商店街を目指し、町の観光特使として活動するのだ。

 五ケ瀬中3年の菊池楓子(ふうこ)さん(15)は「ここに住んで気持ちいいと思うようになりました。授業がなければ五ケ瀬の良さを探し、県外の人に伝えようとは思わなかったでしょう」と語る。

 地域課題への提案も

 取り組みを縁の下で支えるのは、学校の事務スタッフだ。町の小中学校の事務室は、学校支援室と呼ばれる。各校の先生たちが体験学習を計画し、講師を求めると、地元の協力を得て講師役の住民を探し、スクールバスでの送迎手配などをする。各校の支援室を束ねる支援室長、興梠千保美さん(56)は地元出身。「力を貸してくださるお年寄りに『子どもたちから元気をもらった』と言われて感激します。成長して離れても、子どもたちには古里への思いを持ち続けてもらいたい」

 中3になった子どもたちは、9年間の学びを生かして五ケ瀬デザインプロジェクトに取り組む。地域課題を探し、解決策を発表するのだ。同中3年の山崎友依菜(ゆいな)さん(15)は、近所で途絶えた灯籠祭りの復活を提案した。住民への取材で人手不足が要因と聞くと、中学生などのボランティア募集を発案、灯籠が倒れて火事にならない工夫も考えた。「きれいなお祭りだったので…。発表を聞いて『復活できそうだね』と言ってくれる人もいてうれしかった」と振り返る。

 町内には中高一貫校が1校あるが、子どもたちの7割は五ケ瀬中を卒業すると寮がある町外の高校などに進む。中学卒業までに自立する力を身につけるのも同ビジョンの目的の一つだ。インテリアデザインの仕事を志望する同中3年、後藤祐紀乃さん(14)は町内には勤め先がないため、いずれ町外で働くことを予想している。だが思っている。「どこかで五ケ瀬に貢献できることがあればやりたい。外に出ても頻繁に帰ってきたい」。古里の良さを発見し、地元の誇りを感じる心を育む教育活動。学力とともに生きる力を身につけた子どもたちが、町を担ってくれる将来が見えてくるようだ。

 ◆将来の地域担う人材に期待

 宮崎県五ケ瀬町の取り組みについて、地域づくりの事例に詳しいNPO法人ローカル・グランドデザイン(東京)の坂本誠理事(41)に聞いた。

 農山漁村の人口減少は、1960年代後半から「過疎」問題として顕在化していた。ただ、都市への流出は多いが壮年層が集落に残っており、人口が自然減に突入した90年代以降とは異なっていた。そして今、地域社会の持続可能性が問われる局面になっている。

 これまでのライフコースが失われ、多様な生き方を自らつくることが求められる時代を迎えており、若者が都市から地方に人口移動する田園回帰現象も起きている。人々の生き方が多様化・流動化する時代に地方はどう向き合えばよいか考えたとき、「自信を持って人を送り出し、迎え入れる」ことを提案したい。

 政策的に若者を農村にとどめようとするのは、人材育成を滞らせ、長期的には地域の存続にも悪い影響を与えるだろう。地域づくりの現場には必ずといっていいほど、進学・就職で都会に出てUターンした人々がいて、地域づくりに必要な「よそ者」の視点を持つ「地元住民」という貴重な人材となっている。地域に生まれ育った人間としてのアイデンティティーをしっかり身につけて外に送り出すことが重要だ。

 五ケ瀬町の取り組みは、その実践例の一つといえる。地域の良さを子どもたち自らが発見し、理解。自分なりに整理して外部に発信できるように育んでいる。学力をつけるだけでなく、自然やアウトドア体験を通じて生き抜く力を養い、誇りを持って自分たちが暮らす地域を見つめ直す力を養成している。

 小規模校という状況を個別で手厚い指導というメリットに代え、人数が必要な授業の場合は連携する。統廃合など何でも大きくすればよいという従来手法とは異なる工夫がある。地域のお年寄りなどに指導をお願いすることで、住民を元気づける効果も生んでいる。ここで9年間を過ごした子どもたちは、成長して町外に出た後、Uターンしなくとも何らかの形で古里に関わるだろうし、そんな人材は増えるだろう。

 問題は五ケ瀬町の事例が、他地域でも可能かどうかという点だ。教育委員会と各学校、地域が、これほど密接に連携するには、強いリーダーシップときめ細かな調整が必要だ。
(談)

 坂本 誠氏(さかもと・まこと) 高知市生まれ。東大法学部卒。東大大学院農学生命科学研究科農業資源経済学専攻単位取得退学。高知県梼原町地域振興アドバイザー、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所、全国町村会調査室長などを経て2015年から現職。農学博士。

=2016/12/09付 西日本新聞朝刊(オピニオン)=

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