学舎(中) 知恵絞り 必ず実践 愛媛・伊予市双海町

まちづくり学校双海人の定例会。「歴史からひも解く、双海の魅力」をテーマにワークショップを開き、後世に残したい魅力を話し合った=2016年11月16日、愛媛県伊予市双海町
まちづくり学校双海人の定例会。「歴史からひも解く、双海の魅力」をテーマにワークショップを開き、後世に残したい魅力を話し合った=2016年11月16日、愛媛県伊予市双海町
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翠小の子どもたちは、地元のお年寄りと定期的に交流会を開いている
翠小の子どもたちは、地元のお年寄りと定期的に交流会を開いている
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前田眞氏
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 人口減など厳しい環境に負けず、住民自らがまちづくりについて学び、実践につなげる取り組みが愛媛県伊予市双海(ふたみ)町で行われている。住民団体「まちづくり学校双海人(ふたみんちゅ)」だ。まるで学校のような現場、「学舎(まなびや)」で活動を繰り広げる双海人を訪ねた。

 ◆移住者と住民、肩組み合い

 「同窓会を開こう」「子どもたちの天体観測会はどう?」-。11月中旬のある夜、市双海地域事務所の会議室で約20人がグループごとに意見を交わしていた。地元の文化財として残せるものをテーマにしたワークショップだ。あるグループは統合によって使われなくなった下灘中学校で、同校出身者や、小さな子どもたちを集めて思い出を紡ぐプランを話し合っていた。

 みんなが幸せになる

 旧双海町は、元町職員の発案で「しずむ夕日が立ちどまる町」としてまちづくり活動を展開してきた全国的にも有名な土地。それだけに住民のまちづくりへの意識は高い。国の外郭団体による人材育成事業が、グリーンツーリズム従事者をはじめ多様な人々を対象に行われた後、それを引き継いで2012年4月、双海人はスタートした。

 双海人は学び論議する“学校”である。設立当時、地域おこし協力隊として移住し、双海人の教頭を務める冨田敏さん(51)は振り返る。「まちづくりというより『学び』の方が参加しやすいだろうと学校にしました」。校訓は「ふるさとを愛し、たのしく学び、みんなが幸せになる」。沖縄の海人(うみんちゅ)を参考に命名。事務局役は校夢員、用夢員と名付けた。基本的に会員1人当たり年間千円の会費で自主運営する。毎月第3水曜夜の定例会は、講演後に必ずワークショップを開き、具体的な事業化を討議する。

 設立の翌年、双海人は移住支援事業を始めた。旧双海町は05年に伊予市と合併。下灘中学校が10年、新市となって初の閉校になり、ショックが広がった。双海の山手には、現役木造校舎として県内最古の翠(みどり)小学校があるが、児童数が減っていた。「次は…」。不安に駆られる住民たちに、双海人は子どもがいる家族の誘致を提案したのだ。

 古里は古い木造校舎

 移住事業は、協力隊として一家で移住したばかりの本多正彦さん(43)が、用夢員として担った。空き家を調査し、全国の移住フェアに住民と出向きPR。体験ツアーも企画した。取りかかってみると貸せる空き家は、百軒のうち数軒という割合だったが、あせらなかった。移住希望者には何度も足を運んでもらい、地域を回りながら住民と話す機会をつくった。「地域を見て、土地柄を感じて時間をかけて選んでほしい。数に成果は求めない」と。

 実は本多さんも冨田さんも、移り住む際には伊予市職員、松本宏さん(49)のお世話になった。松本さんは地元出身。旧双海町でまちづくりに携わった経験から、2人を多くの住民に紹介し、活動しやすい環境を整えた。移住事業では、それが生きた。

 翠小学校区には2年で2家族10人が引っ越してきた。児童数は13年の15人から今年は27人に増えている。

 赤い屋根の木造校舎が魅力的な翠小からは、住民の多くが巣立ち、母校愛は強い。校区外通学も受け入れており、児童27人のうち地元の子は5人だけだが、体験学習で講師役を務める地元のお年寄りは、愛情をもって分け隔てなく教えてくれる。校区外通学の子が住む町は違うが、古田章校長は説明する。「地域への愛情、感謝、思いを持つのはどこであっても同じ。地域の人と触れ合い、学び、自分たちは頑張れるんだという教育をしていくのでいいと思う」。子どもたちには校舎が古里なのだという。

 移住事業は思わぬ効果も生んだ。周りに店舗がない中、ある一家は自宅を改修してパン店を開業。開店日は、のどかな田園地帯に行列ができた。夫婦で介護の仕事をしていた別の一家は訪問介護事業所を開設。そればかりか、若手が不足する集落側からの依頼で公民館長に就いた。地域が求めるニーズを移住者が満たす好循環が生まれている。

 双海人の取り組みは、それだけではない。夕日が沈む海岸公園に夜、カフェを臨時開業したり、特産品の団子を開発したり、集落ごとに高齢者の居場所づくりをする交流事業を展開したり。地元から参加する高村真理さん(48)は「移り住んでくれた人が一生懸命なのを見て意識が変わりました。住む地域を良くしたい」。

 取り組みすべてが地域ビジネスとして順調ではないが、冨田さんは期待している。「学び合いの中から、小さくてもいい、起業する人が生まれてほしい」

 ◆学び合いが生む住民自治

 住民と移住者が共に取り組む「まちづくり学校双海人(ふたみんちゅ)」の活動について、活動現場にも携わり、まちづくりに詳しい愛媛大の前田眞教授(63)に聞いた。

 双海人は、住民の間から自然発生的にできた。学校らしくしようと校訓をつくり、「用夢員」など事務局役を設け、参加者の役割分担と遊び心でスタートした。町外に情報発信し、まちづくりに関心のある地域外の人を呼び込むと、「熱心に来てくれる人がいる」と住民も張り切る。そんな相乗効果を生んだ。会員の会費で運営し、イベントで資金を得たり、不足分は助成金を獲得したりして、活動を行政に依存しない点も続いている要因だ。町には夕日で有名なまちづくり活動をリードしてきた元町職員がいて、そうした歴史が住民の意識を高めてもいる。

 合併によって、旧町役場に約120人いた職員は、現在約10人。住民が何か求めても応えられるかどうかは難しく、実質的に行政依存にならない。そうした状況では要求するだけで住民が動かない地域と、実情を受け止めて自分たちが担う覚悟をする地域とに対応は分かれるだろうが、そこで自治力の差が生まれる。

 双海の住民活動をよく見ると、異動しても有給休暇を取って参加する地元出身の職員や、伊予市に雇用された地域おこし協力隊などの移住者などが下支えしている。行政依存でないというより、職員も外からの人も一緒になって地域を元気にするモデル的な形ができているといえるだろう。

 翠小校区の移住支援が注目を集めているが、そもそも旧双海町の人口減少が著しく、本来は町全体のテーマでもある。ただ、校舎や自然、人の魅力が、外部の人に地域の良さを効果的に印象づけている。地域の看板として戦略的に役立ってもらえばいいだろう。

 まちづくりにスーパーマンはなかなか生まれないが、双海にはキーパーソンが育っている。1人で解決できなくても、仲間に課題を話し、思いを共有し、何らかの動きにつなげる「まちづくり学校」という場がある。カフェ、特産品開発、高齢福祉といった事業はローカルビジネスとして独り立ちしていないかもしれないが、実験的なことを続けることに意義がある。地区内外の多様な人々が学び合い、討議し、何かをつくるためにコラボレーションすることは、まさに住民自治の姿だ。
(談)

=2016/12/16付 西日本新聞朝刊(オピニオン)=

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