学舎(下) 島の高校、循環生む 島根・海士町

「自分と社会の未来を考えよう」と行われている隠岐國学習センターの「夢ゼミ」(島根県海士町提供)
「自分と社会の未来を考えよう」と行われている隠岐國学習センターの「夢ゼミ」(島根県海士町提供)
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島根県立隠岐島前高校(島根県海士町提供)
島根県立隠岐島前高校(島根県海士町提供)
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島留学の生徒の増加で寮も増設された。学習スペースで勉強する生徒たち
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嶋田暁文氏
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 生徒数の減少で廃校が予想された高校の魅力を高めることに島の将来を託し、住民と移住者が汗を流した。島根県海士(あま)町の県立隠岐島前(おきどうぜん)高校。危機を脱し、先進的な教育に視察が絶えない取り組みを取材した。

 ◆生徒の取り組み 大人を刺激

 島根県沖、隠岐島の西側に浮かぶ西ノ島(西ノ島町)、中ノ島(海士町)、知夫里(ちぶり)島(知夫村)は島前3島と呼ばれる。同校は東端の中ノ島の高台に立つ。生徒数は県の統廃合基準を割り込むと予想されたころに比べて増え、現在178人。各学年1クラスだったが、2014年から同2クラスになった。

 ヒトツナギをする旅

 地域課題を学ぶ「地域学」や生徒自身が将来を考えるキャリア教育「夢探究」など、地域密着の学びが特色だ。その魅力にひかれ、3島以外から入学する「島留学」の生徒は学年定員(80人)の3割の24人。希望者はその倍だ。常松徹校長は「地元を愛し、貢献できる生徒の育成が根っこ。仕事がないから帰れないではなく、仕事をつくりに帰る力のある生徒を育てれば、地域の持続可能性にもつながる」と語る。課題解決のために学んだことは留学生の地元でも役立ち、世界的な課題解決に当たる姿勢にも通じると期待する。

 同校には全国唯一の「ヒトツナギ部」がある。「島の魅力は人」と3島の住民を訪ねる旅を企画し、毎年、全国の中高生を巻き込んで実践するクラブだ。

 同校2年、南文乃(あやの)さん(17)は横浜市から島留学した。中学時代にヒトツナギ部の旅に参加し、人の温かさに触れたのがきっかけだった。同部に入り、旅を実践し、協力した住民への恩返しにごみ拾いをしている。「生きていく上で、人との関わりが絶対ついてくる。その視点がないと解決したいことは解決できない」。南さんは将来、障害者を地域で支える仕事に携わるのが夢。いつか島に帰ってきたいと思っている。

 モデルをつくりたい

 3島の自治体は03年、合併しない道を選んだ。効率化優先で、診療所の統廃合など住民サービスが低下するのを防ぐためだった。だが隠岐島前高は10年以内の廃校が懸念される状況だった。そうなれば子どもたちは本土の高校に行くしかない。3年間の仕送りは400万~500万円と見込まれ、転職して一家で移住するケースが増えると予想された。「廃校になれば無人島になる」(吉元操・海士町総務課長)。3島の首長やPTAなどで「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠(とわ)の発展の会」を結成し活動を始めた。

 これといった知恵もない中、吉元課長は、知己を頼って一橋大の学生に協力を依頼。06年5月、学生や社会人の出前授業「AMAワゴン」が始まった。ソニーで人材育成に携わっていた岩本悠さん(37)は来島した後、吉元課長の説得で同年末に移住して活動に加わった。慎重だった県教委も、住民と移住者が古里のために動く熱意に応えるようになった。岩本さんは、いま県教育魅力化特命官に就き、取り組みを県内に広げる活動を行っている。

 廃校の危機を乗り越えたプロジェクトは、国際的な視点も重視するようになった。国内大学の国際競争力を高める仕事を早大で担っていた大野佳祐さん(37)は職を辞して移住し、プロジェクトを統括。県の隠岐島前教育魅力化コーディネーターとしても同校に常駐する。シンガポールへの修学旅行で、生徒自身が実践した地域課題研究を、現地の大学生に英語で発表する取り組みなどを教員と組み立てている。「生徒も教員もここで学び、教えたいという魅力ある学校になりたい。これからが教育の本質」と強調する。

 AMAワゴンで来島した豊田庄吾さん(43)も09年秋、説得されてIターンした。「教育のジレンマ」を感じていたからだ。地域の担い手育成に力を入れると、都会の大企業に就職して帰ってこない。豊田さんは東京の研修会社で、全国の公立校への出前授業を担当していた。人口減、高齢化などを理由に「何もできない」と諦めている多くの地域に、反証できるモデルをつくりたかった。地元と共に、同校の近くに公立塾「隠岐國(おきのくに)学習センター」を設けてセンター長に就任。教科学習や、ゼミ形式で地域課題を学び実践する「夢ゼミ」などを行っている。

 同校とセンターの相互補完により、地域課題の発見から実践につなげる生徒たちの学習。それは例えば、途絶えていた祭りを高校生の協力で再興し、それが別の集落の祭りも再開させる循環を生んだ。「生徒の活動が大人を刺激し動かす」と豊田さん。ピンチに直面した学校が地域に開かれ、総掛かりで学びの場をつくった成果を感じている。

 ◆自立への挑戦 魅力を醸成

 隠岐島前高校魅力化プロジェクトが、高校存続と地域活性化につながった理由や今後について、地方自治に詳しい九州大の嶋田暁文准教授(43)に聞いた。

 隠岐島前高校の地域学や、公立塾・隠岐國(おきのくに)学習センターの夢ゼミなどは、与えられた問題を解くといった従来の受験対応型教育ではなく、漠然とした自らの思いを具体化し、主体的に考え抜く力を養う。人口減の離島という今の日本の縮図のような環境で、思考し、時に諦めながらも学ぶ経験は、自立的に考え行動することにつながる。他地域で魅力化プロジェクトを導入する学校が出てきているが、似たような仕組みを形だけ入れたり、「地域とつながればいい」といった安易な発想だったりでは成功しない。「よそ者」を受け入れた地域の懐の広さ、有能なIターン者が諦めずに努力した積み重ねがあって奇跡的に成功したからだ。「魅力化」が広がるのはいいが、その点を理解せずに表層的に広がることは危惧する。

 海士(あま)町の「魅力化」を含めた取り組みが成功した要因としては、山内道雄町長のリーダーシップ、Iターン者の活躍がある。ただ、それ以前の動きも忘れてはいけない。1980~90年代、若手職員が青年団活動に取り組み幾度も挑戦した末、人形劇で「日本一」になった。町役場の現課長たちは、この年代が占める。その時の団結力が、今の活躍に結びついている。住民総参加をうたった町の第2次総合振興計画でハード事業に比べてソフト事業の成果がなかった際、彼らは「住民が動かなかった」と批判せず、「住民の1人である職員のやる気を見せよう」と動いた。先進地を視察し、産業創出などに取り組む官民一体の組織をつくり第3次計画を進めた。「平成の大合併」では合併を選ばず、「三位一体の改革」の「地財ショック」では、町長はじめ職員の給与カットを行い、「海士町自立促進プラン」を策定した。こうした自立のための動きが「魅力化」も生んだのだ。

 現在、「将来は帰郷して町長になる」という地元出身の卒業生、Iターン希望の子どもたちが育っている。高校生の思いがエネルギーとなり大人も頑張る良き循環が生まれている。ただ、町長の退任や課長らの定年時期が重なる18~19年度が迫っており、それ以降、誰が役割を担うかが課題だ。
(談)

 嶋田 暁文氏(しまだ・あきふみ) 中央大大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は行政学・地方自治論。大分県の由布市みらい戦略会議議長。著書・編書に「みんなが幸せになるための公務員の働き方」「分権危惧論の検証」など。島根県出身。

=2016/12/23付 西日本新聞朝刊(オピニオン)=

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