「ヒトノミクス」奇跡生んだ テレワーク先進地の徳島県神山町

築90年ほどの古民家を改装したサテライトオフィスで働く映像関連ベンチャー「プラットイーズ」のスタッフたち
築90年ほどの古民家を改装したサテライトオフィスで働く映像関連ベンチャー「プラットイーズ」のスタッフたち
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広い縁側があるプラットイーズのサテライトオフィスは「えんがわオフィス」と呼ばれる
広い縁側があるプラットイーズのサテライトオフィスは「えんがわオフィス」と呼ばれる
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村上純志氏
村上純志氏
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佐賀県鳥栖市の中心街にある「さがんみらいテレワークセンター鳥栖」のマネジャー田上加那さん
佐賀県鳥栖市の中心街にある「さがんみらいテレワークセンター鳥栖」のマネジャー田上加那さん
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 長時間労働の抑制につながる柔軟な働き方の手段として、また女性の就労を促す切り札として、「働き方改革」を重要施策とする安倍政権が推進しているテレワークに、地方自治体が熱い視線を送っている。大都市で行われている企業の仕事を地方にシェアすることができ、雇用改善にもつながるからだ。その先進例として注目される徳島県神山町は、いかにして時流に乗ったのか。人口約5600人、高齢化率49・38%(3月末現在)の過疎の町を取材した。

 IT起業家らが続々流入

 日本の中山間地域のどこにでもありそうな、古くて軒の低い商店街。木造長屋の中では今風の若者がパソコン画面と向き合っている。20年も空き家だったという築90年ほどの古民家は、東京の放送関連ベンチャーがサテライトオフィスに改装。東日本の災害リスクを考慮したバックアップ拠点として、地元徳島県内を中心に新規雇用された約20人が映像のデータ編集などに取り組んでいる。「通勤地獄を味わわなくて済むし、故郷はやはりいい」。東京勤務が嫌で、ソフトウエア会社からUターン転職した同県出身の谷脇研児さん(48)が笑う。

 徳島県北東部の山間部にある神山町。2004年、四国で初めて全戸に光ファイバー網が整備され、快適にインターネットが利用できる環境ができた。10年からIT系企業が古民家にサテライトオフィスを構え始め、その数は現在15社。人の流れが活発になるにつれ、移住者による飲食店や工房など12の事業所も生まれた。町に移住交流支援センターが開設された07年以降、昨年9月末までに91世帯161人の移住が実現。11年度には転入者が転出者を上回る人口の社会増を同町として初めて記録している。

 「サテライトオフィスの集積は意図してできたんじゃない。神山に集まる人の思いやアイデアが結果的につながって生まれた『ヒトノミクス』なんです」。まちおこしの仕掛け役にして、町移住交流支援センターの運営を担うNPO法人グリーンバレーの大南信也理事長(63)が言う。

 まちづくりに関して、他の先進地のアイデアをつまみ食いしては、失敗を繰り返していたという神山町。成功の発端は、戦前に日米親善の証しとして米国から日本各地に贈られた「青い目の人形」だったという。地元小学校に1体が残っていることを知った大南さんらが米国の贈り主を捜し当て、町民約30人で現地を訪ねる人形の里帰りを1991年に企画。この体験を受けて翌年結成されたのがグリーンバレーの前身・神山町国際交流協会だった。

 協会は国内外の芸術家を神山に招待する「神山アーティスト・イン・レジデンス」を99年に開始。この発展形として、自費ででも神山に滞在したい芸術家に宿泊先やアトリエを有償で貸すビジネス案が生まれ、神山のアート情報を世界に発信するウェブサイト「イン神山」が2008年に開設された。ところが、サイトの人気情報はアートではなく空き家物件情報。ならばどうするか。カフェやパン屋、デザイナーなど地域が求める起業家を逆指名して空き家を提供する「ワーク・イン・レジデンス」が始まったのだ。人の輪が加速度的に膨らむ中で、神山町の自然・労働環境の良さがIT起業家の目に留まり、サテライトオフィスが一気に広がったという。

 いま、働き方改革の時流を捉えたテレワークの先進地と目される神山町。大南理事長は言う。「国が働き方改革の大号令をかけても、地方創生は簡単には進まないだろう。地域は自分たちにできること、手の届くところから取り組んでいくべきだ。例えば、女性の働き手を増やすには家事の負担減が必要。このため週1回外食する運動を地域で呼び掛けたら、新たな産業が生まれるかもしれない」

 その口調には、「まちづくりの結果を焦るなかれ」という警鐘も込められていた。

 テレワーク ITを活用して、場所にとらわれず、自宅や最寄りの共有オフィスなどで仕事する仕組み。介護や育児との両立に有効とされ、企業にとっては社員の離職を防げるほか、地方での働き手を確保できる利点もある。安倍政権が3月にまとめた看板施策「働き方改革」の実行計画で、柔軟な働き方を実現する手段として推進が明記された。地方への普及をめぐっては、総務省が「ふるさとテレワーク推進事業」を実施。昨年度までの2年間に、全国23道府県38市町村でサテライトオフィスの設置など実証・補助事業が行われ、九州では福岡県糸島市など4県6市が実施地域となった。

   ◇   ◇

 福岡市でITを活用した地域づくりに取り組むNPO法人「AIP」理事・村上純志さん(「ここで生きるネット」メンバー)の話 神山町では四半世紀に及ぶ地域おこしの取り組みの中で、活動家がいて、仲間が集まり、そこから多様なアイデアが生まれ、花を咲かせた。自治体などから「神山町のようになりたい」との相談をよく受けるが、即効性のある方法はないと考える。この町を地域づくりの手本とするためには、テレワークが脚光を浴びる現在の姿だけでなく、過去の取り組みや未来像まで見てほしい。まちづくりに取り組んでいる活動家は、どの自治体でも必ず身近にいる。その人の考えに耳を傾け、一緒に汗をかき、継続的に活動することに尽きるのではないか。地域にテレワークのハコモノを造るだけでは従来と変わらないと感じるのは私だけだろうか。

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 裾野拡大に尽力 佐賀県鳥栖市

 人や仕事の流れを都市部から地方に引き戻す手段として期待されるテレワークは、九州に根付くだろうか。国の2015年度実証事業に選ばれ、他都市に先駆けて「新しい働き方」を推進した佐賀県鳥栖市を訪ねた。

 JR鳥栖駅に近い中心商店街に、空き店舗を改装した「さがんみらいテレワークセンター鳥栖」がある。人材派遣大手で、インターネット上でデータ入力やデザイン作成など仕事の受発注ができるクラウドソーシング事業も手掛けるパソナテック(東京)が15年秋、県や市と共同で設置したテレワーク推進拠点だ。

 同社マネジャーの田上加那さん(43)は「熊本市に住む両親の近くで働きたい」と希望して名古屋市から異動してきた。地域の女性4人を社員として採用。同社のサテライトオフィスとして、また誰でも自由に仕事ができる「コワーキングスペース」として、クラウドソーシングの勉強会なども開きながら、テレワークの普及を図ってきた。約半年間の実証事業終了後、センターは同社オフィスとしての性質を強めつつ、女性向けのパソコン講座や在宅ワーク説明会を鳥栖市から受託するなど活動を継続している。その結果、30~40代の主婦ら地域の女性約10人が同社のクラウドソーシングサービスを通じて仕事を行う環境が生まれたという。

 しかし、「都会と比べればテレワークを希望する人材はまだ少ない」と田上さんは言う。「説明会に参加し、実際に在宅で仕事を始めるのは10人に1人程度。納期厳守や品質担保などの責任も伴うので、慎重になる主婦も多いようだ」

 鳥栖市の担当者も「テレワークに対する市民の認識はまだ低い」と認める。流通、製造業の求人が多い半面、事務職系に就きたい女性に雇用のミスマッチがみられるという。「今後は、起業支援を担う市産業支援相談室などとの連携を強め、一連の政策に厚みを持たせたい」と担当者。

 田上さんは、地域におけるIT分野のエンジニア不足も、IT関連業務との親和性が高いクラウドソーシングが地方で認知されにくい要因の一つと考える。パソナテックは昨年10月、佐賀市にIT人材の育成拠点「マイクロソフトイノベーションセンター佐賀」を県、佐賀市、佐賀大、日本マイクロソフトと共同で開設。女性や学生、社会人がプログラミングや起業のノウハウなどを学べる拠点の運営主体を担う。「若いエンジニアを育てたい。そうすれば、新しい働き方は地域にもっと広がる」と田上さん。裾野拡大へ模索は続く。

=2017/04/28付 西日本新聞朝刊(オピニオン)=

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