1人で始めたごみ拾い…今では島全体に広がる Uターン男性が考案「拾い箱」 鹿児島・与論島

「拾い箱」から漂着ごみを取り出す池田龍介さん(左)=2月23日、鹿児島県与論町
「拾い箱」から漂着ごみを取り出す池田龍介さん(左)=2月23日、鹿児島県与論町
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砂浜に毎日流れ着くペットボトルなどのごみ=2月24日、鹿児島県与論町
砂浜に毎日流れ着くペットボトルなどのごみ=2月24日、鹿児島県与論町
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 サンゴ礁に囲まれた鹿児島県最南端の与論島で、漂着ごみを拾う人々の輪が広がっている。きっかけは4年前にUターンした池田龍介さん(33)が始めた毎日のごみ拾い。「誇れる美(ちゅ)ら海を守りたい」。思いは島民や観光客、行政を巻き込み、島全体に広がった。目指すのは人が来れば来るほど、砂浜がきれいになる島-。

 与論島は周囲23キロに約60の砂浜が点在。干潮時しか現れない百合ケ浜が有名だが、そばの海岸にも日々、ごみが流れ着く。

 2月下旬、島北部の砂浜近くで、道端の木箱を開ける池田さんの姿があった。中はペットボトルや瓶でいっぱい。「誰かが拾ったもの。おかげで今日はもう浜にごみはありません」

 木箱はごみ箱ではなく、拾ったごみを入れる「拾い箱」。池田さんが提案し、与論町が昨年3月に10個を置いた。入れられたごみは1年で2トン弱になる。

 池田さんは地元の高校を卒業後、島を離れた。京都の大学を出て長野県の自然体験NPOで働いた。里帰りは年1回。当たり前だった故郷の海が「こんなにきれいなんだ」と思った。一方で、砂浜に散らばるごみも気になっていた。

 2014年3月末に帰郷し、翌日から毎日ごみを拾い始めた。「美ら海プロジェクト365」と名付けた活動は口コミなどで広がり、見知らぬ島民や観光客が加わった。拾ったペットボトルを調べると、国産は1割強。7割を中国が占め、韓国などアジアの国々のものが多かった。

 「日本のごみはハワイや米西海岸に行き着く。世界の海はつながっているから、お互いさま。まずは自分の足元から」。雨の日も外出先でもごみを拾った。

 1人で始めた活動も2年がたち、延べ6800人が参加した。ただ、時間や場所を指定する活動への違和感もあった。「イベントではなく、ごみがあれば拾うことを習慣にしたい」。16年春、みんなで集まることをやめ、自身は散歩の途中などに拾うスタイルに。そこから生まれたのが、誰でもいつでも拾える「拾い箱」だ。

 ヨロン島観光協会長で民宿を営む永井新孝さん(54)は時折、宿泊客をごみ拾いに誘うようになった。「お客さんが『自ら海をきれいにした』と充実感を持って帰る。環境は新たな魅力になる」と話す。

 マリンスポーツのガイドも務める池田さんは、観光と環境が両立するビジネスモデルも考える。

 島を訪れる人は昭和50年代には年間15万人に上ったが、今や5万人台。100軒あった宿は20軒に減った。「人口5千人の小さな島。ブーム再現は望んでない」。客が少ない冬に自然保護団体を受け入れる視察プログラムを組むなど戦略を練る。

 高校の同級生120人のうち、3分の2は島外に住む。池田さんはここに暮らす人も離れた人も、みんなが誇れる島にしたい。「与論はみんなでごみを拾うすごい島だ」と。

=2018/03/21付 西日本新聞朝刊=

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