「ここで生きるネット」発 上治英人・元集落支援員

上治英人さん
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 2014年から、福岡市博多区の吉塚商店街で行われていた熊本県多良木町槻木の特産品販売が、この3月で終わった。私が槻木の集落支援員を務めていたときに始めたものだ。集落で取れた野菜や、梅干しなどの加工食品を車で片道4時間かけて月1回福岡に持って行き、空き店舗で販売していた。人口約120人、高齢化率80%超の槻木地区の人たちは「やりがいが生まれた」と活気づき、福岡の人たちにも喜んでもらえていた。

 私が集落支援員を辞め、福岡県春日市に移った昨年7月以降は、「多良木町振興山村活性化推進協議会」の若い人たちが取り組みを継続した。しかし人手不足などで区切りをつけることが決まった。1日10万円売り上げることもあったが、協議会の人たちは生産者に大半を支払い、残ったお金を高速代やレンタカー代などに充てていた。地域の「やるぞ」との気概だけでは継続できない現実がある。

 ただ私個人は、吉塚商店街での特産品販売を続けてゆくつもりだ。槻木を応援してくれた商店街の活性化をお手伝いし、少しでも恩返しできればと考えている。熊本県上天草市の湯島をはじめ玉名市、相良村、宮崎県小林市など交流のある人たちとのネットワークを生かし、各地の農産加工品を置く店にしたい。

 槻木との関係が終わるわけではない。その店では予約注文という形にはなるが、槻木の物産も扱うつもりだ。町長が代わって地区再生事業が縮小されたため、意に反して集落支援員を辞めざるを得なかったが、槻木の人たちへの「恩」はずっと感じている。遠く離れてしまった地域を応援するのは簡単ではない。だけど「恩」でつながった人たちを思うと、自分にできることは続けていきたいと思う。

 私事だが小学5年生になった長女が、4月から1人で鹿児島・奄美大島の南にある与路島(瀬戸内町)に“留学”した。児童6人の小学校で1年を過ごす予定だ。深刻な過疎に直面するこの島では、行政と企業が一体になって小中学校の留学生を募り活性化に努めている。そんな地域で長女がお世話になるのも何かの縁。めったに行けないが、私もこの島から学ぶことがあるかもしれない。 (談)

 上治 英人さん 1972年生まれ、鹿児島県指宿市出身。2013年、熊本県多良木町の集落支援員募集に応じ、同町槻木に福岡から移住。高齢者宅の巡回、地域のPR活動などを務めた。現在介護職員。

=2018/04/08付 西日本新聞朝刊=

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