「飛幡焼」孫世代に継ぐ 北九州・79歳の陶芸家 「3代目候補」指導に熱

藤木麻美さん(左)と平山美衣さん(中央)を指導する宮沢泉北さん。右は「炭化焼」を施す窯=5月24日、北九州市戸畑区
藤木麻美さん(左)と平山美衣さん(中央)を指導する宮沢泉北さん。右は「炭化焼」を施す窯=5月24日、北九州市戸畑区
写真を見る
宮沢泉北さんの作品。技術は先代から受け継いだ
宮沢泉北さんの作品。技術は先代から受け継いだ
写真を見る

 後継者不在に長く悩んでいた北九州市戸畑区の「飛幡(とびはた)焼」の2代目陶芸家、宮沢泉北(せんぼく)さん(79)の下で、孫世代の弟子2人が奮闘している。宮沢さんは80歳で作陶に区切りを付けようと考えていたが、これまでの弟子は長続きせず、飛幡焼が絶えることを心配していた。「自由に体が動くのはあとわずか。技を出し惜しみせずに3代目を育てたい」と指導に熱を入れる。

 2人の弟子は、ともに北九州市内に住む平山美衣さんと藤木麻美さん(27)。

 「温度が上がり過ぎてるよ。(窯の)バーナーのくせも頭に入れて」。最終工程の本焼きで、宮沢さんの指示が飛んだ。平山さんが窯の温度を表に記入しながらうなずく。宮沢さんは窯の中を凝視して「作品は炎が命なんだ」と語った。

 飛幡焼は1952年、サラリーマン陶芸家だった陶(すえ)泉北さん(故人)が始めた。父を戦争で亡くした宮沢さんは、近所で民生委員を務めていた陶さんに見守られて育った。

 陶さんが窯を開くときは「窯に使う大きな石を拾ってきてくれ」と頼まれた。焼き物の魅力も教わり、タクシー会社経営などを経て40代で陶芸の道へ。96年に2代目を襲名し、戸畑区観音寺町の自宅に観音窯を構える。

 宮沢さんが得意とする技法は「炭化焼」。窯に木炭を入れ、炭素を焼き物に送り込むと、上薬でつやを出した焼き物と違って素朴な風合いが表現できる。JR戸畑駅や戸畑図書館に展示した作品に興味を持った人が窯を訪れ、すし店で使われたり、神社に飾られたりして地元で愛されている。

 平山さんと藤木さんも炭化焼の技に引き付けられ、観音窯の門をたたいた。宮崎市出身の平山さんは陶芸の素人だったが、色合いに一目ぼれし、3年前から週1回通っている。

 福岡県宇美町出身の藤木さんは京都伝統工芸大学校で陶芸を学び、インストラクターの経験もある。4月に弟子入りした。「3代目は荷が重いかもしれないけれど、先生の技を吸収したい」と師匠の一挙手一投足を見つめる。

 かつて教えた5人の弟子は、仕事の都合や家庭の事情で窯を離れていった。宮沢さんにとって、平山さんと藤木さんは最後の「3代目候補」である。

 80歳はもう目の前。「見て盗め」では間に合わないと考え、手取り足取りの指導を重ねる。「飛幡焼は無名だが、60年以上地域に根ざしている。飛幡焼の名が戸畑に残ってほしい」と願いながら。

=2018/06/07付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]