選択肢増やし人材活用 【第14部】このままでいいの?転勤<下>

 転勤はなぜ必要なのか。

 多くの企業は、経営上の事情に加え、社員の仕事の幅を広げる「人材育成効果」を理由に挙げる。しかし「社員はそれほど効果を実感してはいない」と、法政大の武石恵美子教授は指摘する。

 武石さんらの研究班は昨年、全国の会社員(30~49歳、正社員)1525人を調査し、転勤の課題を探った。

 転勤と、転居を伴わない異動によって得られたものを尋ねたところ「仕事上の能力の幅を広げる」効果を「転勤」で得たという人は約57%。一方「異動」で得たと答えた人は約74%だった。「変化への適応力の獲得」「幅広い人脈の構築」といった項目でも「転勤」より「異動」の効果を評価する回答が多かった。

 人材育成の視点だけで見れば「異動で十分」というのが個人の実感、といえる結果だった。

 将来、転勤を「絶対にしたくない」「できればしたくない」という人は合わせて4割超。女性や持ち家に住んでいる人、年齢が高い人にこうした傾向が強かった。

 一方、社員の事情に配慮し、一時的な転勤免除期間を設けたり、転勤地域を限定したりしている企業の社員には、将来の転勤に積極的な傾向が見られた。

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 政府系の金融機関、日本政策金融公庫(日本公庫、東京)は全国152カ所に拠点がある。

 長野浩明さん(31)は、2年前に結婚した妻の明日美さん(28)を静岡支店から呼び寄せ、今は福岡市内の別々の店舗で働いている。

 結婚すると配偶者と同じ地域の職場に異動でき、2年間は転勤の対象外となる「結婚特例制度」を使った。

 特例期間は今年4月まで。2人とも全国転勤のある総合職なので、この先は別居の可能性があるが、出産や育児、親の介護期間にも転勤が免除される別の特例制度が設けられている。全国転勤のない「地域総合職」に換わる、という選択肢も残されている。「子育てするならどちらかの実家に近い所が理想的かな」。2人は将来を思い描く。

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 「優秀なパートやアルバイトを社員に登用したくても、以前は転勤が壁になっていた」

 全国で「モスバーガー」を展開するモスフードサービスの店舗運営子会社、モスストアカンパニー(東京)の人事担当役員は、人事制度を見直したきっかけをこう語る。

 14年にスタートした新制度は社員を三つに分けた。全国転勤するN社員▽支社の担当エリア内で転勤するA社員▽転勤がないJ社員。今は社員の8割弱をAが占め、Nは4%、Jは18%。基本給はAを基準とすると、Nは10%高く、Jは1万円低い。転勤に伴う負担を勘案して不公平感の少ない給与差にした。N、A、J間の転換は基本的に自由で社員の「納得感」も高めている。

 「責任感が増し、仕事への意識が変わった」。長崎県諫早市の山口敏子さん(49)はパートからA社員となって今は店長を務める。店では、部下のパート女性も保育園児2人を育てながら社員を目指しているという。

 J社員のように転勤のない「地域限定社員」は、人手不足に悩む飲食産業や小売り大手で普及が進んだ。近年は有能な人材をつなぎ留めるため、限定社員を幹部に登用する企業も増え「転勤しない主力社員」への道が開かれつつある。

 これからは多様な働き方を用意できるかどうかが、企業の命運を分ける-。少子高齢化で労働力人口が減り続ける時代、いち早く制度の改革に乗り出した企業には、そうした危機感がある。

 武石さんは「それでもまだ多くの企業は、会社都合を優先する考え方から抜け切れていない。その転勤は本当に必要なのか。原点に立ち返って制度を見直す時期に来ている」と話している。


=2016/11/05付 西日本新聞朝刊=

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