博多ロック編<231>ステップアップを下支え

甫足が制作したインディーズ盤
甫足が制作したインディーズ盤
写真を見る

 甫足正彦が1983年に立ち上げた中古レコード店「ボーダーラインレコーズ」は80年代後半から90年代にかけて店舗数を増やし、最大では福岡県下に12店舗まで広げたことがあった。

 甫足は音楽のプレーヤーの呼び名を3段階に自己流に分類している。

 1段階=ギタリスト、ドラマーなどそれぞれの楽器のソリスト。

 2段階=ミュージシャン。

 3段階=アーティスト。

 ソリストからスタートし、最高の称号はアーティストだ。

 「音楽を志す人が常に高みに向けて努力できるように支えていく」

 これが「ボーダーラインレコーズ」開店の趣旨宣言ともいえる。甫足は大手レコード店ではできないものに挑戦する。レコードの買い取りである。さらに廃盤になったレコードはアメリカなどに仕入れに行った。

 「一枚のレコードとの出合いから新しい世界が広がる。それを仲介するのがレコード店主のやりがいです」

 レコードの品ぞろえの中で、特に力を入れたのはインディーズ盤である。流通ルートに乗りにくい自主制作盤のコーナーを作った。同時にインディーズバンドのライブも企画した。

 「インディーズ盤はよく売れました。後にインディーズブームが来ますが、その先駆けだったと思います」

 自らレーベル「カメレオン」も設立した。第1弾は山部善次郎の「キャデラック」で、その後も次々にリリースする。86年には山部、モダンドールズ、シャム、ティーンエイジ・ニュースの4バンドで東京、大阪、福岡のライブツアーを敢行した。自動車数台に分乗、機材も積み込んだ。どの会場も満員だった。

 甫足はレコードというソフトだけの販売だけでなく、ライブを打ち、そしてインディーズ盤の制作など博多ロックのレベルアップに情熱を注いだ。

 「応援していたバンドの多くはメジャーデビューもした。ライブは赤字のときが多かった。それでも、バンドの成長を見るのは楽しかった」

 甫足はレコードコレクションの集大成として96年に、60~70年代のロックを中心にしたLPレコード約2万枚を集めた「レコード・ミュージアム」を福岡市・六本松にオープンさせた。国内外のロックの名曲が無料で聴ける私設博物館で6年間、続いた。

 ロックと共に。ロックのために。甫足の今でも変わらないスタンスだ。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2015/01/26付 西日本新聞夕刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]