博多ロック編<234>「めんたいロック」の命名

「ロッカーズ」のフライヤー(「80’sファクトリー」でのライブ用)
「ロッカーズ」のフライヤー(「80’sファクトリー」でのライブ用)
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 博多ロックより「めんたいロック」という総称が一般的には流通している。博多ロックを語る場合、すでに代名詞として定着しているのが実情だ。

 山部善次郎は「おれたちはめんたいロックではない」と言う。1970年代にライブ活動していたサンハウスや山善の時代にはまだ、この言葉はなかった。

 「めんたいロック」という呼称は1980年に入って生まれた。もっと具体的に言えば80年と81年、ロッカーズ、ルースターズ、モッズのメジャーデビューやシーナ&ロケッツの活動などがこの造語の引き金になっているのが事実のようだ。

 言葉は一人歩きして70年代、80年代のバンドを含めてひとくくりにされてしまった。さらに70、80年代に活動したビート系ロックバンドだけに限定された用語ではなく、それ以降のバンドまで適用の範囲を広げている面もある。

 山善の言い方もうなずけるし、また、当時、個性を競い合ったバンドにしてみればすべて「めんたいロック」にくくられることに反発、違和を感じるのも当然だ。

 ×  ×

 「めんたいロック」という言葉は誰がどのようにして作ったのかは判然としない。博多で自然発生的に生まれたものではない。東京から見た地域的呼称ではあるが、今となっては一種の都市伝説のようになっている。

 「あるロック評論家が名付けた」

 「博多のバンドの東京ライブのとき、めんたいこのメーカーがスポンサーになったから」

 諸説ある。聞いた中では次のような解説もあった。

 「ロッカーズなどのアルバムを売る東京のレコード店が『博多の名物はめんたいだから、めんたいロック』と販促用の張り紙に書いた。それをレコード会社、メディアが使い始めた」

 いずれにしろ、詠(よ)み人知らずの「めんたいロック」という言葉は博多のバンドの活躍によって一気に浸透した。

 めんたいこ+ロック。地域の名物を冠した呼称は博多だけである。鮎川誠はこの呼称について「最初は嫌だった」と前置きして次のように語る。

 「その言葉だけで日本語の激しいロック、ビートの強烈なサウンドがイメージできるのはすごいことだとも思う」

 博多のロックは「めんたいロック」という呼び名を持つことで全国的にファンを広げたことも確かである。もちろん、内実を伴う博多ロックの底力ゆえに浸透したことは言うまでもない。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2015/02/23付 西日本新聞夕刊=

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