民謡編<334>ゴッタンの世界(17)

父の鳥集忠男について語る寿一
父の鳥集忠男について語る寿一
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 宮崎県都城市の経営コンサルタント、鳥集寿一(57)の事務所はまるでジャズ喫茶のようにレコードが並び、大音量でジャズが流れていた。

 「父のように、ゴッタンは弾きません。音楽はジャズが好きです」

 父とはゴッタン奏者の荒武タミを世に送り出した南九州の民俗芸能研究家の鳥集忠男である。父の志を継いで-と外部は短絡的な像を描きがちだが、寿一にとってタミを含むゴッタンの世界には複雑な思いがある。

 「少年のころ、父とどこかに一緒にでかけた記憶がありません」

 司法書士をしていた忠男がフィールドワークにあてる時間は主に週末だった。寿一は録音機を下げて出かける父の後姿をいつも見送った。特に忠男はタミと出会ってからは、鹿児島県曽於市のタミの家に通う日が多くなった。また、ゴッタンの実演で、タミと同行する日もあった。

   ×    ×

 「どこかに連れていってください」。寿一の頼みに、忠男が「よし」と応じたことがあった。忠男が寿一を連れていった先は、タミの家だった。少年にとってゴッタンはそれほど興味を引く対象ではない。

 「タミさんのことを父は尊敬を込めて『師匠どん』とよく言っていましたので、この人かと思ったくらいの印象でした」

 タミは寿一に「何年生ね」などと聞いた後、小遣いをくれた。1万円だった。「千円と間違っている」と忠男に言った。忠男は「間違ってはいない。タミさんは札に触ればその違いがわかる人だ」と答えた。

 忠男はタミと談笑している。ぽつんとしていた寿一に声を掛けたのはタミの夫の正雄だった。「釣りに行こうか」。正雄は釣り好きで、寿一を近くの川に誘い、釣りをした-。

 一つの物事に打ち込むことはなにかしらの犠牲の上に成立している。このエピソードは裏返せば忠男の、タミやゴッタンへの傾斜の深さを示している。ただ、寿一は周辺の人から「あなたのお父さんはすごい人だ」と言われても胸に落ちてこなかった。

 忠男がフィールドワークで録音したテープは764本にものぼる。内容はタミの演奏をはじめ南九州の民謡、民話など口承文芸全般にわたっている。半生を捧(ささ)げた膨大な記録である。

 忠男は2002年に死去。寿一は「死後、父の仕事を認めました」と言う。寿一の手で遺品のテープを都城市に寄贈した。市では05年にテープをCD化し、一般にも開放している。 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2017/05/15付 西日本新聞夕刊=

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