フォーク編<379>とべない飛行船(6)

針尾清が企画したコンサートのチケット
針尾清が企画したコンサートのチケット
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 大学生でイベンターだった針尾清の手元には地元の北九州市を中心に自ら企画した数々のフォークコンサートのチケットの一部が残っている。「五つの赤い風船」「はっぴいえんど」「小室等と六文銭」…。フォークがサブカルチャーからメインカルチャーへ浮上する1970年代初めのころだ。

 針尾はフォーク愛好会「北九州フォーク連合」を立ち上げ、そのメンバーたちと協力しながらイベントを遂行していった。

 「その中には今、思い返しても冷や汗が出るコンサートもありました」

 71年11月15日、北九州市・小倉市民会館でのコンサートだ。

 出演者はチューリップ、アンドレ・カンドレ(井上陽水)、泉谷しげる、加藤和彦、加川良、吉田拓郎。そうそうたる顔ぶれだが、「ザ・フォーク・クルセダーズ」のメンバーだった加藤、そして加川以外はまだまだ、当時は無名に近い存在だった。泉谷は呼んでもいないのに、「出してくれ」と割り込んできた。自分を売り込むための強行出演は泉谷に限らずよくあることだった。

   ×    ×

 このコンサートはスポンサーが付いていたこともあって、チケット料金は400円と、通常の半値に近かった。

 「安いこともありましたが、フォークの時代の到来を肌で感じました」

 針尾はコンサート1週間前に、学生たちに1割報酬で手売りさせていたチケットが異常に売れていることに気付いた。

 「うれしいというより、恐怖感を持ちました。入場者をどうさばけばいいのだろうと」

 急いで第2会場を探し、小倉市民会館に入りきれない客を運ぶバスを10台、確保した。出演者は自分の演奏が終わるとすぐに第2会場へ。出演者には2回公演になったことを知らせていなかった。当日、東京から福岡空港に着いた出演者への説明、交渉は福岡のフォーク愛好会「ヴィレッジ・ボイス」のメンバーに任せた。リーダー格の海援隊の武田鉄矢たちがその役を担った。

 「出演料を2倍にすることでどうにか納得してもらいました」

 小倉市民会館前は長蛇の列、館内は立ち見ですし詰め状態だった。この騒動に警察、消防署は「中止しろ」と針尾たちに迫った。それでも針尾たちは強行した。翌日の新聞でも大きく批判的に報じられた。

 このコンサートで最初のステージに立ったのはチューリップだった。

 =敬称略

 (田代俊一郎)

=2018/05/14付 西日本新聞夕刊=

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