フォーク編<405>永井龍雲(8)

コンサートを続ける永井
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 永井龍雲は「想(おも)い」(1978年)でデビューし、固定ファンを獲得していたが、全国的に名前が知られるようになるのは「道標(しるべ)ない旅」(79年)である。

 〈…大空に群れなす鳥達よ 君の声を見失うなよ 青春を旅する若者よ 君が歩けばそこに必ず道はできる…〉

 この曲はグリコアーモンドチョコレートのCMソングとして使用された。CMの出演俳優は三浦友和だった。

 「レコード会社を通じて話があった。このチョコレートのCMソングを歌うことはメジャーへの登竜門みたいなところがありました」

 龍雲の前は松山千春が担当した「季節の中で」がヒットした。ただ、龍雲バージョンは予定の放送期間前に、終了した。三浦と山口百恵の熱愛発覚騒動が持ちあがったからだ。こうしたエピソード付きのCMソングだ。

 この時、龍雲は二つの曲を作っていた。採用されなかった曲は3枚目のアルバム「暖寒」(79年)に収録されている「蒼穹(そうきゅう)」である。

 〈…生きてる事が辛くてならない 蒼穹(あおぞら)にさまよう鳥よ 止まり木はもう何処(どこ)にもない…〉 

 「暗い歌ですから当然、採用されませんでした」

 龍雲はこう言った。確かに明るい青春のイメージとはほど遠い曲だ。龍雲はあえて、この曲をセットにしたともいえる。

   ×    ×

 龍雲は公式サイトで、良質なエッセーを書きつづっている。その中で「蒼穹」について「自分で最も好きな曲だ」と記している。

 〈当時の自分自身の心情としては、「蒼穹」により近いものがあった。デビューして2年、3枚目のアルバムの頃、曲作りや恋愛、人間関係すべてに躓(つまず)いて、こんなはずじゃなかったと失意の底にいた時、まだあまり馴染(なじ)みのない北海道の地で一人夜明けのホテルの窓を見下ろして、鳥のように飛ぶことを一瞬思ったことがあった。僕の青春の凝縮された一瞬だったと思う。〉

 「蒼穹」は福岡時代、デビューはしたものの苦悩、模索する龍雲の等身大の姿が映し出されている。

 ただ、「道標ない旅」のヒットで、活動はさらに広がっていくのも事実だ。

 「年間、百本のコンサートをしていたこともあります」

 ミュージシャン。これが龍雲の「道標」であった。 =敬称略

 (田代俊一郎)

=2018/12/17付 西日本新聞夕刊=

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