フォーク編<413>永井龍雲(16)

沖縄の海を眺めながら(2007年ごろ)
沖縄の海を眺めながら(2007年ごろ)
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 永井龍雲は若い時代に影響を受けたミュージシャンの一人として社会派フォークの岡林信康を挙げている。フォークの原点的な因子を、龍雲は引き継いでいる。

 「社会や政治をテーマにした曲は自分では同業者に比べれば多い方だと思っている」

 自らこのように語るが、もちろん、次のようなただし書きがつく。

 「あくまでも自分の体験によるフィルターを通して感じたメッセージであり、大上段に構えるつもりはない」

 「大上段」とは定型的で平板な表現をさす。それでは人の奥深くには届かない。持論がある。

 「歌は人の心を癒やすものでアジテート(扇動)するものではないと思っている」

 例えば東日本大震災(2011年)の直後に作った「先人達の遺産」は聴き手へ静かに染み入ってくる曲だ。

 〈…言葉なき先人達の残された無念に 恥ない生き方してるだろうか 掛け替えない命を無駄にただ空(むな)しく 生きてはいないだろうか…〉

 沖縄に身を置いた龍雲にとって、その歴史や風土や文化を歌にのせることは当然だった。

   ×    ×

 本土防衛の犠牲になった沖縄戦を歌い込んだ秀作がある。

 〈…愛すべきこの町が 二度と戦(いくさ)の町にならないことを願う 誰一人 二度とこの町から 旅立たせてはならない 二度と…〉(戦の町)

 〈…戦を好まぬ 琉球に 戦の歴史が刻まれた 尊い命が奪われた 無駄にしないでね 過去から未来に語り継ぐ 平和の願い…〉(万国津梁(しんりょう)の詩(うた))

 1970年前後のフォークシーンに流れていた、いわば「反戦フォーク」の系譜と言えるかもしれない。

 「今は豊かになり美しいこの島の平和は永遠でなければならない。自ら払った犠牲に見合うように。この島の歴史を誰もが心に刻んで忘れないようにしなければいけない」

 沖縄に移住して初めて「ニライカナイ」という言葉を知った。「ニライカナイ」とは、龍雲の言葉を引けば「幸福は海の向こうにあるもの、海の向こうから来るもの」という思想だ。アルバム「沖縄物語」には「ニライカナイの国へ」が収録されている。

 〈母なる海原へ船を漕(こ)ぎ出(だ)せ 友よ 未(ま)だ見ぬニライカナイの国へ…〉

 「(この思想は)夢を見ずには現実を生きて行けない自分にとっても合っているように思える」

 龍雲も歌をオールにして漕ぎ続けている。

 (田代俊一郎)

=2019/03/11付 西日本新聞夕刊=

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