フォーク編<414>永井龍雲(17)

「ルリカケス」の歌碑の前で
「ルリカケス」の歌碑の前で
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 永井龍雲の歌碑が母の故郷である鹿児島県・奄美大島の久慈の集落内にある。地元住民の寄付活動によって2012年に建立された。碑には急逝した母への切実な思いを託した「ルリカケス」の1番の歌詞が刻まれている。

 〈…辛いばかりが人生と あなたを見てて思ったけれど こんな素敵(すてき)な島育ち 良かったね母さん ルリカケス ルリカケス 泣いて心が晴れました〉

 龍雲は歌碑の除幕式に参加して「16歳で島を出たおふくろもきっと喜んでいると思う」などとあいさつした。

 男性はだれでも大なり小なり、マザーコンプレックスを持っている。ただ龍雲の場合、多感な17歳のときの死別だけに、母への思慕が一層、純化されているとも言える。

 〈…二度と逢(あ)えない切なさに 死ぬことばかり思ったけれど こんな素敵な島の血をありがとう 母さん…〉(ルリカケス)

 沖縄移住を「必然」と言う背景には琉球弧の一角を占める奄美への帰郷的な意味合いがあった。

 龍雲の作品の中で「母を恋(こ)うる歌」は一群を成し、「ルリカケス」はその象徴的な作品だ。ライブのときの定番曲になっている。

   ×    ×

 「ルリカケス」は2004年に発売されたアルバム「風樹」の中に収録されている。

 「母の生まれた瀬戸内町久慈を訪れた時の思い出がベースになってできました」

 母は16歳で島を出てから、一度も故郷の土を踏むことなく亡くなった。

 ルリカケスは国の天然記念物に指定された奄美の固有種だ。

 「母やその子供である自分をも含めて、奄美にルーツを持つ人たちのアイデンティティーとしてのイメージをその鳥から受けました。ただ、タイトルが先にあったわけではなく、歌を作り進めて行くうちにメロディーに乗って、なぜか自然とこの言葉が出てきました」

 「ルリカケス」は歌碑ができるほどシマウタの本場の奄美で迎えられた。龍雲は奄美のシマウタと沖縄の民謡「琉歌」と比較して、このように語る。

 「母の里である奄美のシマウタは高音を多用することから、生活に苦しむ島民の叫びが表現されているように思う。自分の感性に近いと感じます」

 「ルリカケス」は地元だけでなく、外に出て暮らす奄美の人たちにもシマウタと同じように「故郷の歌」として浸透している。

 (田代俊一郎)

=2019/03/18付 西日本新聞夕刊=

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