【きょうのテーマ】西郷隆盛ってどんな人? 来年の大河ドラマ 主人公の古里・鹿児島を訪ねた

城山のふもとに立つ西郷さんの銅像
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西郷さんの最期の地、城山から見た桜島
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西郷さんについて熱く語るひ孫の西郷隆夫さん
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西郷さんのひ孫の隆夫さんと手のひらの大きさを比べる林記者
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 来年は明治維新(めいじいしん)から150年。日本が「さむらい中心の国」から近代国家へ生まれ変わる時、大活躍(だいかつやく)した西郷隆盛(さいごうたかもり)を知っていますか? 来年のNHK大河(たいが)ドラマ「西郷(せご)どん」の主人公です。こども記者3人が隆盛の古里・鹿児島(かごしま)市を訪(たず)ねて取材しました。

【紙面PDF】きょうのテーマ=西郷隆盛ってどんな人? 来年の大河ドラマ 主人公の古里・鹿児島を訪ねた

 ●何度も挫折、そして復活 「体も心も大きい人」 ひ孫の隆夫さんに聞く

 こども記者は九州新幹線(しんかんせん)で鹿児島(かごしま)中央駅に着いて、まず城山(しろやま)に登った。市中心部にあり、高さ100メートル余(あま)り。西郷隆盛(さいごうたかもり)が亡(な)くなった西南戦争最後の激戦地(げきせんち)だ。

 展望台(てんぼうだい)からは、海に浮(う)かぶ桜島(さくらじま)がよく見えた。林春那(はやしはるな)記者は「西郷さんは、この景色を見ながら、どんな思いで最期(さいご)を迎(むか)えたのだろう」と思いをめぐらせた。

 続いて、隆盛についての講演(こうえん)活動をしているひ孫の西郷隆夫(たかお)さん(53)に会いに行った。

 ■大きな目で優(やさ)しく

 隆夫さんの事務所(じむしょ)は、城山のふもとに立つ隆盛の銅像(どうぞう)の近くにあった。着物姿(すがた)で迎えてくれた隆夫さんは「目が大きいところが似(に)ている、と言われます」とうれしそうだった。

 関理恵(せきりえ)記者が「西郷さんのすごさは何ですか」と質問(しつもん)すると、隆夫さんは「子どもたちの目線になったり、お年寄(としよ)りの気持ちを察したり、優しくて気配りができる人でした」と話した。

 隆盛は13歳(さい)の時、けんかをしかけられて右腕(うで)を切られ、剣(けん)が使えなくなるなど、何度も挫折(ざせつ)したが、友だちなどに励(はげ)まされて復活(ふっかつ)したという。身長約180センチ、体重約100キロで、「体が大きいだけでなく、心も大きかった」そうだ。隆夫さんは、自分も父親も手が小さいから「(隆盛も)手が小さかったんじゃないかな」と言って、手を差し出した。林記者が手のひらを合わせるとほぼ同じ大きさだった。

 ■犬のような気持ち

 隆盛は犬好きで知られる。その理由について、隆夫さんは家族らから伝え聞いた話を教えてくれた。

 江戸(えど)時代から明治になり、自分のことばかり考え、悪いことをする人がいっぱいいたらしい。そんな人間とは違(ちが)って、犬はお金や名誉(めいよ)をほしがらない。頭をなで、食事をあげるだけで飼(か)い主(ぬし)を裏切(うらぎ)らない。だから、隆盛は犬のような気持ちでいなければならない、と思っていたという。

 西村優輝(にしむらゆうき)記者は「西郷さんは写真嫌(ぎら)いと聞きましたが、西郷家にも本人の写真は残っていませんか」と聞いた。隆夫さんは「ありません。写真嫌いというより写真をあえて残さなかったんです」と言った。人のため世のために尽(つ)くしたから、手柄(てがら)を誇(ほこ)るように自分の写真を残したくはなかった、と考えているそうだ。

 ●地元では「身近な立派なおじさん」 歴史解説員に聞く

 こども記者たちは、西郷(さいごう)隆盛(たかもり)の誕生地(たんじょうち)の石碑(せきひ)(鹿児島(かごしま)市加治屋町(かじやちょう))を見て、近くの維新(いしん)ふるさと館も訪(たず)ねた。薩摩藩(さつまはん)(現在(げんざい)の鹿児島県など)や日本の歴史について明治維新を中心に展示(てんじ)している施設(しせつ)だ。

 歴史解説員(かいせついん)の肥後秀昭(ひごひであき)さん(69)=写真=によると、隆盛は日頃(ひごろ)から「みんなに分(わ)け隔(へだ)てなく接(せっ)して、仲良く平等に助け合わないといけない」と考えた。その気持ちを表す「敬天愛人(けいてんあいじん)」という言葉を大切にし、言葉通りに実行したそうだ。

 例えば、江戸幕府(えどばくふ)を倒(たお)した後、高額(こうがく)の給料をもらうようになっても、そのお金を貧(まず)しい人のために使ったり、農村を回って農家の様子を気にしたりしたという。だから、鹿児島では「西郷(せご)どん」と、親しみを込(こ)めて方言で呼(よ)ばれてきた。

 肥後さんは長年、小学校の教師(きょうし)を務(つと)めたというので、「鹿児島の子どもは西郷さんをどう思っているのですか」と聞いてみた。肥後さんは「教科書にも登場するから、郷土(きょうど)の偉人(いじん)として尊敬(そんけい)しています」と言いつつ、「偉(えら)い人というより、すぐ近くにいそうな立派(りっぱ)なおじさん、という感じでしょうか」と付け加えた。

 ●わキャッタ!メモ

 ▼西郷隆盛(さいごうたかもり)(1828~1877) 薩摩(さつま)(現在(げんざい)の鹿児島(かごしま)県など)出身の武士(ぶし)、政治家(せいじか)。江戸幕府(えどばくふ)を倒(たお)して明治新政府(せいふ)をつくった明治維新(いしん)のリーダーの一人。幕府軍の勝海舟(かつかいしゅう)との話し合いで江戸城(じょう)を無血開城させた。新政府で陸軍大将(たいしょう)などを務(つと)め、鹿児島に帰郷(ききょう)。不平士族のリーダーとして西南戦争で政府軍と戦い、敗れて自決した。

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=2017/12/23付 西日本新聞朝刊=

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