【きょうのテーマ】道真公の思い建物から探る 太宰府天満宮 登竜門や菊の花 思想、人柄を象徴

参拝客でにぎわう本殿は華麗な桃山建築の特徴を備えている
参拝客でにぎわう本殿は華麗な桃山建築の特徴を備えている
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本殿右の欄間にある登竜門伝説と菊の花の浮き彫り
本殿右の欄間にある登竜門伝説と菊の花の浮き彫り
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境内最古の建築物「志賀社」
境内最古の建築物「志賀社」
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座り込んだ牛を造形した「神牛像」をなでた
座り込んだ牛を造形した「神牛像」をなでた
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平山さん(中央)が、かんなのかけ方を教えてくれた
平山さん(中央)が、かんなのかけ方を教えてくれた
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 「天神様」「学問の神様」として親しまれる菅原道真(845~903)を祭る太宰府天満宮(福岡県太宰府市)は年間1千万人の参拝客でにぎわっています。境内の魅力の一つが本殿などの歴史的建造物です。建物の特徴や装飾に込められた道真の思いをこども記者が探りました。

【紙面PDF】きょうのテーマ=道真公の思い建物から探る

 ■特徴は「廟建築」

 道真の門弟・味酒安行の子孫で太宰府天満宮文化研究所主管の味酒安則さん(65)は「本殿の中に道真公の墓がある廟建築になっている。このような神社はあまり聞いたことがない」と言った。

 藤原氏から才能と出世をねたまれた道真は京から大宰府に左遷され、59歳で没した。安行が亡きがらを牛車に引かせて埋葬地を探していると、現在の本殿がある場所で牛が座り込んだ。道真は丑年生まれ。安行はこの場所に埋葬し、漢学者としての才を惜しみ中国式の屋根付きの祠を建てた。

 やがて道真の名誉は回復され「天神」として神格化が進み、質素な祠は919年に立派な社殿になった。

 ■覇道でなく王道を

 道真の人柄を聞くと、味酒さんは「残された漢詩から貧しい人を助けたいという強い気持ちを感じる」と答えた。道真の思いを形にしたものとして、味酒さんは「本殿の登竜門の装飾を見てごらん」と勧めた。

 本殿は1578年に戦乱で焼失し、筑前を治めた大名・小早川隆景が91年に再建した。華麗な桃山文化の先駆けとして国の重要文化財に指定されている。

 本殿に行き右側の欄間を見上げると、コイに乗った人物の姿があった。竜門という滝を登り切ったコイが竜になる「登竜門伝説」を表現しているそうだ。味酒さんは「竜は人徳備わった人のシンボル」とし、装飾には「力に頼る覇道ではなく、徳で国を治める王道を尊んだ道真公の理想が込められている」と読み解く。

 欄間には菊の花の装飾も。「道真公は幼い頃、菊作りを楽しんでいた。漢詩にした花も菊が多く、梅の花と同様に愛していた」という。装飾を見ていると、道真が今も本殿で人々の祈りに耳を傾けている気がした。

 ■環境破壊の影響も

 天満宮は何度か火災に遭った。本殿の金具の一部には「火事除け」で水を象徴する巴と瓜の紋が付いている。境内に現存する最古の建物は1458年に建立された志賀社(国重文)だ。

 味酒さんは環境破壊の影響も心配する。本殿の屋根は貴重な檜皮でふかれているが、微小粒子状物質「PM2・5」などの飛来で耐用年数が落ちているそうだ。味酒さんは「地球温暖化による猛暑と暖冬で檜皮を保護するコケが死んで屋根から落ちてくる」と嘆く。

 本殿で道真に手を合わせ「貴重な文化財を守るために私たちは何ができるのか」と考えた。

 ●先人の思い受け継ぐ 宮大工の棟梁・平山さん

 境内にある建物(国重文を除く)の補修を担当しているのが、宮大工の棟梁、平山雄一さん(50)だ。宮大工になって15年。いつもは1人で作業し、必要な時に手伝いを呼ぶ。作業場である大工小屋に行くと、材木を削る釿(手斧の一種)などの工具があった。

 平山さんの指導で材木にかんなをかける作業を体験した。刃が引っかかりうまく削れない。平山さんがお手本を見せると滑らかに削れ、室内に木の香りが漂った。仕事で大切にしていることを聞くと「参拝に来た人が境内のどこを見ても『きれいだね』と感じて、気持ちよく手を合わせてもらえること」と答えた。

 毎年1月4日には、宮大工の仕事始めの神事「斧始祭」が境内である。平山さんは烏帽子と直垂姿で、神宝の斧を材木に振り下ろし、1年の作業の無事を祈る。「神事では先人の思いが伝わり、新たな気持ちで仕事をしようと思う」という言葉が心に残った。

【紙面PDF】きょうのテーマ=道真公の思い建物から探る

=2018/06/28付 西日本新聞朝刊=

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