【きょうのテーマ】時計職人の「技」と「思い」 福岡市の専門店を取材した

店内のブース(左)では時計修理技能士が黙々と作業している
店内のブース(左)では時計修理技能士が黙々と作業している
写真を見る
江戸時代の時計の文字盤を見ると、「午」の文字があった
江戸時代の時計の文字盤を見ると、「午」の文字があった
写真を見る
店内にはさまざまな種類の腕時計が並ぶ
店内にはさまざまな種類の腕時計が並ぶ
写真を見る
衛藤社長(左)からドライバーの持ち方を習って、時計を分解する石倉記者
衛藤社長(左)からドライバーの持ち方を習って、時計を分解する石倉記者
写真を見る

 ●壊れた時計が動く…笑顔に 物を大切にする文化を

 動かなくなった思い出の時計、みなさんの家にもあるのでは? 時計・宝石専門店「ハナブサ」(福岡市・天神)には、大切な時計を生き返らせる職人たちがいる。ミリ単位の細かい作業に励み、時には江戸時代の時計をも復活させる。こども記者たちが時計職人の思いを探った。

【紙面PDF】きょうのテーマ=時計職人の「技」と「思い」

 ハナブサは1952年、新天町商店街の一角で創業した。時計や宝石の販売の他、5人の時計修理技能士が修理やクリーニングを請け負う。こども記者が店に入ると、ショーケースと並んでガラス張りのブースが見えた。中には「傷見」というルーペを着けて黙々と仕事をする職人たちがいた。部品の汚れをチェックして洗浄したり、部品や電池を交換したりするという。来店客にメンテナンス方法を教えるのも仕事だ。衛藤憲太郎社長(63)は「専門家の知識と技術で時計を長持ちさせ、物を大切にする文化を守りたい」と話す。

 ■江戸時代の時間は…

 店の2階に上がると、大名時計や尺時計と呼ばれる和時計が並んでいた。衛藤社長が長年の経験を生かし、部品を洗浄したり、磨いたりして復活させた。職人には、歯車と歯車をうまくかみ合わせるために歯を削り、時計を正確に動かすなど、身につけなければならない技術がある。しかし、江戸時代には遠く離れた職人同士が、簡単に技術を教え合うことはできなかったはず。衛藤社長は「それでも、全国の職人が立派な時計を作っていた」と技術の高さに驚いたという。

 江戸中期の櫓時計の丸い文字盤の上部に「午」の文字がうっすらと見えた。衛藤社長によると、江戸時代は1日の時間を昼と夜で6等分し、それぞれを「一刻」として子、丑、寅…と十二支で呼んだ。「午の刻」が今の正午ごろ。つまり「正しく午を指した時だよ」という説明に、こども記者たちは「あー!」という驚きの声を上げた。

 ■宝物を預かっている

 壊れた時計が動き、笑顔を見せるお客さんの姿が「一番の喜び」という衛藤社長。柴田記者は「時計修理は相手の心を元気にする」と感じた。守真記者は、衛藤社長の「お客さんの宝物を預かっている気持ちで仕事をしている」という言葉が心に残った。

 衛藤社長は「理屈さえ分かれば、どんな時計も動かせる自信がある」と言った。石倉記者は「私も誇りを持てるような仕事を見つけたい」と思った。

 ●時計の分解を体験 1ミリのねじ 慎重に回し

 こども記者たちは、衛藤社長の指導を受けて、時計修理技能士の仕事の基本である「時計の分解」に挑戦した。分解は、部品を交換したり、洗浄したりするために欠かせない。

 電池で動くクオーツ時計には約50、ゼンマイやおもりの力を借りて動く機械式の時計には約200もの部品が使われているという。こども記者はクオーツ時計の内部、「ムーブメント」を分解した。

 まず、太さの違う10種類のドライバーから、部品を留めるねじに合うサイズを選んだ。太さ1ミリに満たないねじを慎重に回し、一つ一つの部品をゆっくりと取り外した。部品が吹き飛ばないように、息を吐くのも緊張する。

 大変さを実感した守真記者は「全てを外し終えた時は達成感があった」と振り返った。細かい作業が得意な柴田記者は「時間があっという間に過ぎた」。堅いねじが回せず苦戦した石倉記者は「小さな部品が協力して大きな力になっている」と気づいた。

 国家検定の修理技能士の試験では、実技、部品に使う薬品や歴史の知識、接客態度などが審査される。1級を持つ衛藤社長は「まじめでこつこつ仕事ができる人が向いている」と話していた。

【紙面PDF】きょうのテーマ=時計職人の「技」と「思い」

=2018/07/10付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]