核廃絶訴える署名を国連へ 長崎県の高校生平和大使を取材した 自分の言葉で、笑顔忘れず

長崎駅前で通行人に署名を呼びかける高校生たち
長崎駅前で通行人に署名を呼びかける高校生たち
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ボランティアガイドの説明を聞きながら、展望台から原爆落下中心地(写真右)を見つめるこども特派員たち
ボランティアガイドの説明を聞きながら、展望台から原爆落下中心地(写真右)を見つめるこども特派員たち
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高校生の呼びかけに応じ、通行人が署名していた
高校生の呼びかけに応じ、通行人が署名していた
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(右から)溝口祥帆さん、山西咲和さん、徳永雛子さん。手にするのは亡くなるまで核廃絶を訴え続けた被爆者の故谷口稜曄さんの少年時代の写真
(右から)溝口祥帆さん、山西咲和さん、徳永雛子さん。手にするのは亡くなるまで核廃絶を訴え続けた被爆者の故谷口稜曄さんの少年時代の写真
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 73年前の8月9日、長崎に1発の原子爆弾が落とされました。約7万4000人が亡くなり、生き残った人々も体や心に深い傷を負いました。しかし、今も世界から原爆などの核兵器はなくなりません。核兵器がない世界を願い、署名を集めて国連に届ける高校生平和大使の活動を知っていますか。20年前に長崎から始まり、今年のノーベル平和賞の候補にもなっている活動を、こども特派員が取材しました。

【紙面PDF】核廃絶訴える署名を国連へ 長崎県の高校生平和大使を取材した

 7月下旬の日曜日午後、こども特派員たちが長崎市のJR長崎駅前の広場に行くと、高校生約30人が通行人に署名を呼びかけていた。世界から核兵器をなくそうとする高校生1万人署名活動実行委員会のメンバーだ。むし暑い屋外で、したたる汗をぬぐいながら、笑顔で活動する姿は輝いて見えた。

 「平和な世界の実現のためには皆さまのお力が必要です」。大きな声で呼びかけ、通行人一人一人にペンを差し出し、協力を求める。「被爆者の声を届けるには若者が立ち上がらないといけません」などと自分の言葉で訴え、海外の観光客には英語で丁寧に説明する。署名に協力してくれた人と「お互い頑張りましょう」と励まし合うこともあるそうだ。

 署名したのは買い物客や観光客など。高校生と和やかに言葉を交わす人もいた。一方、気まずそうに通り過ぎる人や迷惑そうな顔をする人も少なくなかった。実際、高校生たちは「意味ない」と言われたり、ペンを手で払われたりすることもあるという。それでも笑顔を絶やさないのはどうして? 第21代の高校生平和大使に選ばれた山西咲和さん(17)=諫早高2年=は「平和な未来は明るいイメージだから」と言った。

 この1年に全国各地で約200人が集めた署名は10万8476筆。公募で平和大使に選ばれた20人が代表して8月28日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪れて署名を手渡す。その抱負を聞くと、山西さんは「一緒に署名を集めた他の高校生たちの思いも届けたい」。同じく第21代大使の徳永雛子さん(16)=長崎西高2年=は「これだけの人が核兵器廃絶を望んでいるということを伝えたい」と力を込めた。

 高校生平和大使は1998年から国連に核廃絶を求め、2001年から署名活動を始めた。これまでに計178万5688筆の思いが高校生に託されてきた。

 ●「被爆者の声、どう伝える」 平和大使がいま考えていること

 こども特派員たちは、高校生平和大使の経験者1人と今年の平和大使2人に話を聞いた。

 第20代平和大使だった溝口祥帆さん(17)=長崎東高3年=は昨年、国連欧州本部で、原爆の熱線で背中に大やけどを負った長崎の被爆者、谷口稜曄さんのことを英語でスピーチした。出発前にあいさつに行くと、谷口さんは声を振り絞り「頑張ってください」と4回繰り返したという。

 溝口さんが帰国して5日後、谷口さんは88歳で亡くなった。被爆者の平均年齢は82歳を超し、年々減っている。溝口さんは「被爆者の声や核兵器廃絶への思いをどう伝えていくのか、自分たちで考えて行動しなければならない」と言った。

 また、今年の平和大使の山西咲和さん(17)=諫早高2年=は、祖母が被爆した被爆3世だという。原爆と聞くだけで、祖母の顔がぐしゃっと、泣きそうになった。平和大使になり、初めてそのつらい体験を聞かせてもらった。「二度とおばあちゃんみたいに悲しむ人をつくっちゃいけない」。この思いが山西さんの原動力だと実感した。

 しかし、平和学習には地域差がある。「戦争や原爆に対して人々の理解が異なる中、どのような方法で活動をしているか」と聞くと、今年の平和大使の徳永雛子さん(16)=長崎西高2年=は「平和とかよくわからないという人は増えている。私たちの活動を知ることで、同世代の若者が平和を考えるきっかけになると思う」と話してくれた。

 長崎県の平和大使は署名集め以外に、全国から来る修学旅行生とも交流する。他県でも地元の戦争体験を紙芝居にしたり、水爆実験で船の乗組員が被ばくしたビキニ事件を語り継いだりと、各地の高校生たちが工夫を凝らしているそうだ。

 ●高校生平和大使 地道に20年、ノーベル平和賞候補に

 高校生平和大使は市民団体「高校生平和大使派遣委員会」が毎春募集し、1年間の任期で活動する。核兵器廃絶などを訴える署名を集め、毎年スイス・ジュネーブの国連欧州本部軍縮部に届けている。第21代の今年は約500人の応募があり、長崎、福岡、広島、静岡など15都道府県の20人が選ばれた。

 活動は1998年、インドとパキスタンが核実験をしたことへの危機感から始まった。20年にわたって核兵器廃絶への国際的な動きを地道に促したことが評価され、今年のノーベル平和賞の候補になった。

 平和大使の発案者で、派遣委員会責任者の平野伸人さん(71)は「受賞すれば平和大使の発言力も間違いなく増し、核廃絶への動きは大きく前進する」と期待する。330件の候補から受賞者が発表されるのは10月5日だ。

 平和賞は物理、文学などノーベル賞6部門のうちの一つ。昨年は、核兵器の開発や使用などを禁止する核兵器禁止条約を国際的ルールにしようと活動してきた非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が受賞した。

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=2018/08/21付 西日本新聞朝刊=

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