【きょうのテーマ】復活の大名でまちおこし 福岡県柳川市 エピソード豊富・立花宗茂

祭りで馬に乗った立花宗茂のイメージキャラクター
祭りで馬に乗った立花宗茂のイメージキャラクター
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こども記者の取材にこたえるイメージキャラクターの宗茂(右)と〓(「もんがまえ」に「言」)千代
こども記者の取材にこたえるイメージキャラクターの宗茂(右)と〓(「もんがまえ」に「言」)千代
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宗茂の家臣団のような金色のかぶとをかぶり、祭りの行列に参加する子どもたち
宗茂の家臣団のような金色のかぶとをかぶり、祭りの行列に参加する子どもたち
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立花家史料館に展示された宗茂の本物のよろい
立花家史料館に展示された宗茂の本物のよろい
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こども記者の取材に応じる宗茂の子孫の立花寛茂さん(右おく)
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 ●大河ドラマ実現めざす

 関ケ原の戦いで負けた西軍についたため領地を没収されたものの、復活を果たした大名、立花宗茂(1567~1642)。地元の福岡県柳川市は、宗茂と妻の〓千代をNHK大河ドラマの主人公にしてもらい、まちおこしにつなげようと頑張っています。こども記者5人が取材しました。

【紙面PDF】きょうのテーマ=復活の大名でまちおこし

 「ピー、ヒャラヒャラ…ドン、ドドドン」。こども記者が訪ねた10月7日、柳川市の三柱神社では秋季大祭「おにぎえ」の祭りばやしが鳴り響いていた。

 この神社は、宗茂を養子に迎えた戸次道雪、その娘で宗茂の妻の〓千代、そして宗茂の3人を祭っている。祭りの行列で、地元の子どもたちは立花家の家臣団と同じ金色のかぶとと紙製のよろいを身に着け、誇らしそうに歩いていた。

 宗茂は豊臣秀吉から「西国無双(西日本一)の武将」とたたえられたそうだ。一度は追われた柳川城主の座に返り咲いたのは、江戸幕府の徳川将軍家にも信頼されたからだ。一方、〓千代は7歳で女城主になり、多くの伝説が残っている。そんな2人の大河ドラマを実現しようと、宗茂が生まれて450年の2017年、柳川市と福岡県などが協力して招致運動を始めた。

 ■子孫に教えが伝わる

 三柱神社で、立花家17代目の子孫にあたる立花寛茂さん(78)の話を聞いた。

 「宗茂が残したものは何ですか」と聞くと、大きく分けて二つあるそうだ。一つ目は刀やよろいなどの品物で、もう一つは教え。「地元の人々を大切にすること、あきらめないで頑張ること、日々の努力を怠らないこと」が大切に受け継がれているという。

 寛茂さんは柳川観光活性化協議会の会長でもある。大河ドラマの実現を目指すのは「まちおこしにつなげ、地域の人々に古里・柳川の歴史や文化に関心を持ってもらい、誇りを感じてほしいから」と説明した。「自分が宗茂に似ていると思うところは?」と聞くと、「みんなと仲良くするところかな」とほほ笑んで、こども記者一人一人と優しく握手をしてくれた。

 ■実戦的なよろい残る

 続いて、お祭りの特設会場に行くと、大河ドラマ招致委員会の公式イメージキャラクター「立花宗茂と〓千代」役の男女らが、キレキレの動きで刀さばきを披露していた。間近で見ると迫力があって、招致運動の盛り上がりを感じた。

 最後に市内の立花家史料館にも足を運んだ。展示されていた宗茂のよろいは、鉄が使われていて、シンプルだが頑丈そうだった。学芸員の坪内広子さんは「実戦的で、戦う武将らしい」と話し、「宗茂がいたからこそ、今の柳川があります。エピソードが豊富なので大河ドラマにふさわしい」と声を弾ませた。

 柳川市に住んでいる古賀記者は「すごい大名がいたことを知り、柳川をもっと好きになった」と喜んだ。

 ●宗茂と〓千代 魅力的な夫婦

 今回の取材では、立花宗茂と妻の〓千代の魅力も知ることができた。

 子孫の立花寛茂さんによると、宗茂は「義」を大切にし、何事にも一生懸命な人だったという。豊臣秀吉の命令で出陣した朝鮮出兵では、味方の加藤清正が敵に囲まれた時、必死に助け出した。秀吉の恩を忘れず、西軍についた関ケ原の戦いの際は、大津城(滋賀県)を攻めて関ケ原に間に合わなかったが、もし、間に合っていれば、西軍が勝ったと見る人もいるらしい。

 〓千代という名前について、立花家史料館学芸員の坪内広子さんに聞くと、命名したのはお坊さんらしい。「〓」には「つつましい」、「おとなしい」の意味があるが、実際には城主になり、戦もしたという。夫婦で勇ましかったようだ。

※文中の〓はすべて「もんがまえ」に「言」

【紙面PDF】きょうのテーマ=復活の大名でまちおこし

=2018/11/08付 西日本新聞朝刊=

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